第二十五話
さぁて帰ろうと立ち上がり綾乃を見ると、なぜか目をキラキラ輝かせて私を見ていた。
な…なに!?
「綾乃?」
がっと肩を掴まれて、キラキラ光線を身に受けた。うっ!眩しい!
目を細めて綾乃を見ると、彼女は興奮した様子で私に詰め寄ってきた。
「羨ましいわ、唯!遠藤先生に頭撫でて貰えるなんて!!」
「へ?」
「撫でられてたじゃない!それに私、あんな顔してるの初めて見たかも。いっつも仏頂面っていうか、あんま笑わないじゃない、先生って?それがよ、唯!微笑んだわ、遠藤先生がっ!!凄いわ、イケメンオーラが出まくってた!!」
い…イケメンオーラ…ですか…。
若干引き気味で綾乃を見ていると、綾乃は落ち着いてきたのか、まぁねーと笑いながらカバンが置いてある机まで行くと、さぁ帰るかーと今までの勢いはなんだったんだと言わんばかりの落ち着きようだった。
「ま、唯にはあのイケメンオーラわかんないかもね。家族が家族だし。」
「どういう事?」
廊下を歩きながら、二人で話す。
家族って…パパとお兄ちゃんとお姉ちゃん…だよねぇ。多分。わからなくて首をひねっていると、綾乃は大袈裟にリアクションを取った。さすが演劇部、リアクションが派手だ!
「あんた、すごい美形に囲まれてるのわかってる?お兄ちゃんはあの人気若手イケメンデザイナー、お姉ちゃんはアジアで引っ張りだこのモデル、パパっちに至ってはフェロモンの帝王よ、帝王!!私、未だに唯の家族に会うと息切れしそうになるくらいドッキドキなんだからね!」
「そうなの?」
「そうなのよ。濃いの。桐生家の美形濃度って、カルピ○の原液くらい濃いわ!!」
カ○ピスって…。パパ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。あなた達はカル○スだったんだね。知らなかったよ。
「あぁ、でも昔、お母さんがパパを『オスくさい』って言ってたなぁ。それってフェロモンの帝王って事だからかなぁ?」
「…ゆ…唯、それ言っちゃダメなんじゃ…。」
「ん?」
「なんか、すごい内容の話してんね。神崎ちゃん。」
後ろから声がかかったので、振り向くと、そこには楽しそうにくすくす笑う英語の先生が立っていた。
「早乙女先生。聞いてたんですか?」
「『フェロモンの帝王』辺りからかな。一体何話してたの、君らは。」
楽しそうにメガネの奥で目を細めているのは、早乙女悠生先生。
今年新任の英語教師で、泣きボクロとメタルフレームのメガネが印象的な人気教師だ。
「先生、どうかしたんですか?」
「えー?ないと言えば無いし、あると言えばある。」
「なに、それー?」
綾乃と二人で目を合わせて、お互い首を傾げた。
あ、もしかしてテストの事かな。
「テスト?今回、英語の範囲広いんですか?」
「うん?あぁテストね。そんなに広くないよ。ていうか、神崎ちゃんは範囲とか関係なくない?俺、いつも丸ばっかり付けてるのは気のせい?」
「先生、それあたしに対するイヤミ?どうせあたしは英語苦手ですよっ!」
「林ちゃんは、ちょーっと真面目にやらなきゃヤバいかも…。」
「マジで!?いやぁあ!唯、英語教えてぇぇ!!」
綾乃は英語が苦手だ。私の日本史と変わらない点数をさまよっている。お互い笑えない…。
「綾乃、勉強しよう!私、今回日本史ダメっぽいもん。赤点取ったら、パパに雷落とされる!」
「そうね!早乙女先生、あたし頑張ります!目標40点で!!」
「低っっ!!林ちゃん、せめて60点とか言おうよ。俺、担任の先生に怒られちゃうじゃん。」
「先生、あたしが60点とか取れると思ってる?」
「「…無理だねぇ…」」
早乙女先生と声が被った。ぶはっと吹き出したら、綾乃は何よーと怒ってさっさと行ってしまったので、仕方なく追いかけてようと先生に挨拶しようとしたらバランスを崩し、よろけた。
「おっ…と。大丈夫?」
その声が聞こえたのは頭の上で、顔を上げて見ると私が先生の胸に寄りかかるように倒れ込んでいた。
「あ、すいません。先生にご迷惑かけますね。」
「いやー?迷惑じゃなかったりするし、むしろ歓迎するけど。」
「?」
「ねぇ、神崎ちゃんさぁ、か「ゆーいー!!早くー!!!」」
「あ、綾乃が呼んでる。じゃあ先生、ありがとうございました。さよならー。」
「あぁ…うん。気をつけて。」
なんか舌打ちっぽいの聞こえたけど、気のせいかな。
今度こそ帰ろうと、綾乃と一緒に玄関を出た。
亨が言ってた、英語の新任教師登場。