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第22話

引き続き亨視点

静かな車内に、行き交う車の喧騒だけが響く。

あれから何も会話は生まれず、ただ息苦しい沈黙だけが俺と彼女の間を取り巻いている。


さっきは感情的になりすぎた。さすがに俺も悪いと思って、謝ろうとしていた最中、マンションに着いた。

さっさとシートベルトを外し、ドアを開けて車外へ出ようとして、ようやく沈黙が破られた。



「さっきは本当にすみませんでした。送ってくれて、ありがとうございました。珠緒さんにもごちそうさまでしたって伝えて下さい。」


「あぁ、いや…。」


「先生、特別授業とか本当に結構ですから。じゃあ、さようなら。」



目すら合わさぬまま有無をも言わさぬ早さで、マンションの中に入っていった神崎をただ呆然と見送った。



何なんだ、一体。

大体気分を害したのは俺の方だろう。なんで、俺の方が悪者みたいな気分になるんだ?


ため息を付いて、髪をかきあげた。ふとバックシートに目をやると、白いマフラーが写った。

そういえば、金曜に送ってきた時神崎が車の中に忘れて行ったので、月曜に学校で渡そうと思っていたものだった。

ちょうどマンションまで来ている。車を来客スペースに停めて、エントランスに入った。


高層マンションに女子高生の独り暮らし。こんな所に住んでるなんて生意気以外の何者でもないが、彼女の義父は桐生総一郎だ。ここの家賃くらいならポンと出したのだろう。

受付に壮年ほどの男性コンシェルジュがいたので、俺の名前で預けようと思った。



「すみません。」


「はい、どうされましたか?」


「こちらに住んでる神崎唯にこれを渡してもらえますか?」


「神崎様でございますか?失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますでしょう。」


「神崎の通っている学校の教師です。遠藤って言えばわかると思うんですが。」


「申し訳ありません。神崎様と言う方はこちらに住んではおりませんが…。」



あー、くそ。めんどくせー。

神崎じゃなく桐生か、もしかして。

もう一度コンシェルジュに頼もうとして、けたたましい叫び声で、後ろを振り向いた。そこには、黒いラブラドールレトリーバーのリードを握った懐かしい顔が、如何にも嫌そうな態度で立っていた。



「なんであんたがここにいるのよー!!」


「…騒音迷惑だな。」


「騒音迷惑じゃないわよ!あたしは、なんであんたが唯のマンションにいるのかわかんないだけよ!!」


「少しは声を抑えろよ、美奈。」



キーキーうるさいこの女。久し振りに会ったが、全く変わらない彼女は、桐生美奈。

昔、俺に暴言を吐き、掴みかかった女だ。今も、視線で殺せるもんなら殺しているだろう目線で俺を見ている。


別になんにもしねーよ。

俺はマフラーを片手にひらひらと振ってみせた。ラブラドールがお座りしながら、つぶらな目で俺を見ている。



「これ。お前の義妹のやつだろ。俺の車に忘れてったんだよ。コンシェルジュに預けようと思ったんだが、お前の義妹、『桐生』でここに住んでんのか?」


「…そうよ。唯は桐生唯だもの。」



じゃあなんで学校では『神崎』なんだ?


その質問をしようとした時、それまで大人しく座っていた犬が、急にそわそわしだし、エレベーターに行こうと美奈を引っ張った。


「こら、ナイト!ちょっ!待ちなさい、ナイト!」


「お前、犬に遊ばれてるぞ…。」


「うるさいわね!」


ギッと美奈に睨まれた瞬間、エレベーターが一階に着いた音がして、扉が開いたと思った時には既に、美奈はリードを放していた。

犬が突っ込んだ先にいたのは、ベロベロ舐められている、さっき別れたばかりの彼女だった。



「わっ!ナイト!こーら、少し待って!もう、私エレベーターから降りられないでしょ?ね?」


わしわしと犬を撫でながら、エレベーターを降りてきた神崎は、美奈に話しかけようとして俺に気づいた。

ただでさえ大きい目が、驚きで更に見開かれている。


「先生、帰ったんじゃないんですか?」


「そうよ、そうよ、さっさと帰りなさいよ。」


しっしっと手を振りながら、自分より華奢な義妹を抱きしめている美奈を呆れ顔で眺めている自覚はある。

俺の顔に気付いた神崎が、お姉ちゃん!と諫めつつ俺に申し訳なさそうな目線で謝っていた。


俺もマフラーを渡してさっさと帰ろう。



「神崎、お前これ金曜に俺の車に忘れてっただろ。」


「あれ?探してたんですけど、先生の車にあったんですか。すいませんでした。」


「これ、お前の手編み?」


「そうですけど。」


「へぇ…上手いな。買ったって言っても通じるんじゃないか?」


「でしょー?唯が作るのって既製品と変わらないのよねぇ。」


何故か美奈の方が威張っている。お前が作ったわけじゃないだろと心の中で突っ込みながら、ふと悪戯心が湧いた。



「じゃあ、俺にも何か編んでくれない?」



そう俺が言った瞬間、神崎の目に感情が宿らなくなった。



「嫌です。」




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