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第21話

ようやく先生視点が書けます。お待たせしました。

全く妙な事になったものだ。



祖母から翼も一緒に食事をしましょうと呼ばれたのはいいが、まさかこいつがいるとは。


桐生一家に溺愛されているという、神崎唯。

まさか、あの桐生さんがあそこまでデレデレになっている姿なんて俺が大学時代の時なら絶対お目にかかれなかったはずだ。


ちらりと助手席を見る。

小さな体が居心地悪そうに更に縮こまっている。ふとこの子は学校内で密かに、そして絶大なる人気があるのを思い出した。



今年の入学式。

まだ着慣れていない真新しい制服で、新たな学び舎の門をくぐった新入生の中で、一際目立っていた。

癖のない真っ直ぐな髪は背中の中ほど、見るからに華奢で小さな体。

だが、一番目が行ったのは、思い切り童顔だったというところ。

その童顔な彼女は、くりくりとした黒目がちな大きな目が印象的でとても可愛らしい。


俺は最初に神崎を見た時、小学生が紛れ込んだのかと思った。だが、間違いなくうちの高校の制服を着ているし、新入生代表で壇上にも立っていた。

たどたどしくも、初々しい挨拶。


小さな彼女を見た生徒が沸き立つのは当然の事だったと思う。

噂を聞きつけた2年3年も次々と彼女に近付いたらしいが、ことごとく玉砕しているのか、二学期の半ばを過ぎても、未だに誰かの彼女になったという話は聞かれない。



そういえば…。

今年の新任英語教師が、彼女に本気で惚れていると以前言っていたはずだったが…。


どう考えても、ロリコンだろうと思う。

一回りも年の離れた女なんて、まだまだ子供にしか見えない。現に、助手席に乗った俺の生徒は高校生にすら見えないと言うのに。



密かに短いため息をつくと、彼女はそれに気付いたのか、俺の方を見た。



「あの、本当にすみません…遠いのに、わざわざ。」


「いや、あの店まで行ったのはばあさんだからな。気にしなくていい。」


「はい…。でも、まさか先生が珠緒さんの孫だったなんて…。孫はいるって言ってたけど…。」



珠緒さん…ねぇ。

俺だって、料亭の座敷に祖母と一緒に座っているこいつを見て驚いた。

なんで神崎がこんなところにいるんだ?

疑問ばかりだった俺の問いに、祖母はいとも容易く答えをくれた。



編み物音痴な祖母に、この子はわざわざ教えているらしい。


大丈夫なのか?

箱入りの典型的なお嬢様だった祖母は、祖父に嫁ぐ時に一通り、花嫁修行というものをして来ていたはずなのに、家事は出来ない、料理は出来ない、極めつけが裁縫だった。

ボタンがあったはずの場所に無かったり、袖がそのまま縫いつけられて腕が出せなかったり…。

料理等は、涙ぐましい努力――巻き込まれた祖父や父達が――をしてなんとか自分の物にしたが、裁縫だけはダメだった。以来、祖母には裁縫をさせないようにと家内で暗黙の了解が取られている。

そんな祖母が編み物…。

翼も言っていた通り、祖母は猫だ。そう言っていたのは、祖父だったがまさに言い得て妙。悪戦苦闘して、最終的には毛糸に遊ばれている祖母の姿が、冬の我が家のお馴染みの光景だった。



「お前、よく編み物なんて教えてるな。大変だろ、下手で。」


「…否定出来ないのが、珠緒さんには悪いですけど…。でも、頑張ってますよ。」


「へぇ。ところで、お前。来週の月曜からテストなのはわかってるんだよな?」


「…わ…わかってます…。」


「桐生さんから、お前の勉強みてやってくれって言われ「見てくれなくて結構です、全然!!」」



…即答かよ。

見なくても良いって言ってもな。



「お前、自分の日本史の点数わかって言ってるんだろうな?」


「………」


「日本史だけ赤点スレスレ。英語と家庭科はほぼパーフェクトなくせに、日本史『だけ』!」



そう、こいつは入学式で新入生代表までやったくせに、俺の担当している日本史だけ常に赤点ぎりぎりの成績だった。


こういうのは珍しくなかった。俺に気がある生徒達がわざと点数を落として補習を受けようとする事が多かったせいで、俺は補習は受け持たない事になった。

そのおかげで、日本史の点数は安定するようになったが、今度は補習を受け持つことになった教師からは嫌みを言われ、生徒からは俺に補習をして欲しいと言われたりするおかげで、煩わしさは変わらない。



神崎もその類かと思ったが、違ったらしい。

答案用紙を見ると、壊滅状態な解答…。どこをどう読んだら、この答えになるのか…。そして、解答欄に書かれた正体不明の人物。頭を抱えたのは一度や二度じゃなかった。



「いい機会だ。ちゃんと日本史の基礎を叩き込んでやる。桐生さんにも許可は得たしな。」


「お兄ちゃんの言う事なんて無視していいですー!だいたいなんで、お兄ちゃんに私の成績言うんですか!」


「それはお前…。あまりに楽観視出来る成績じゃなかったからだな。桐生さんも嘆いてたぞ。」



桐生秀人。

俺の大学時代の先輩だ。

大学に入学した俺は、すぐさま話題の桐生秀人という人を見かけた。

当時『Dupont』のアジア向け広告のモデルだった桐生さんは、話してみると気取った所や偉ぶった感じも無く、とても話しやすく、楽しい人だった。


モデルをしていた桐生さんは、気さくな人柄も相まって大学内でも断然モテていた。だけど、不思議と学内の誰かと付き合っているとかは無かった。

まぁ、あの人の事だ。確実に学内ではなく、外で遊んでいたと思うが。


俺は、俺で特定の相手を作らず遊んでいたが、双子の兄、翼は大学から付き合っている年下の彼女と今も続いている。



「お兄ちゃんめ…。」


「そういえば、美奈は元気か?」


「…モデル喰い…」


「は?」


「お姉ちゃんが、ボロクソに言ってましたよ。先生、お姉ちゃんに相当嫌われてるみたいですね。」


「ぶっ!ははははっ!!相変わらず美奈はキツいな。よくあの性格をメディアで隠してるな!」



思わず爆笑してしまう。


桐生さんの妹、桐生美奈は俺がモデルの女と遊んでいる時に、もの凄い勢いで俺に掴みかかってきた。その場に桐生さんがいなかったら、確実に俺は殴られていたと思う。



「こんの節操なしがぁ!」



捨て台詞としては完璧。

だが、俺には面白くて仕方がなかった。

ただ美奈がモデルの仕事をしていたせいで、俺が他のモデルの女と遊んでいる話は美奈に筒抜けだったらしく、桐生さんにうんざりと言った口調でいつも愚痴られていた。



「頼むから、モデルは止めてくれ。美奈を宥めるのが大変だ。」



そう言われたが、遊びが楽しかった俺は、しばらくの間はモデル達と遊んだ。

そして美奈に『モデル喰いの遠藤』と不名誉なあだ名を付けられたが…。



「そういえば…先生双子だったんですね。双子って近くで見たの初めてですけど、顔と雰囲気が似てるけど似てないもんですね。」


「え?」


「翼さんと先生。似てるけど、似てないです。」



そんな事言われたのは初めてと言ってもいい。

はっきり言うと、服装や口調等をシンクロしていると、親ですら気付かないだろう。


翼は左利きだが、俺は違う。幼い頃は、そういう些細な点で見分けを付けていたと思う。

それ位俺達はそっくりだった。今や、性格も変わり、進む道も分かれてしまったが。


それなのに、初めて翼にあったこいつが何で似てないとか言うんだ?



「お前に俺達の何がわかるんだよ。」



思わず、声に苛立ちが出てしまった。

俺は、俺達の事がわかっているような事を言われるのが嫌いだった。昔から。ひとまとめにされるのは嫌だったし、わかった風な言われ方をするのが好きではなかった。



「す…すいません…。」



畏縮した返事が耳に届き、我に返る。


しまった。


こいつを怖がらせてどうする。一応生徒なのに。と自分で自分を戒める。


小さな声で謝った後、それきり黙ってしまった彼女は、マンションに着くまでの間、一言も口を開くことはなかった。

秀人と亨は所謂、類友というやつなのかもしれ…


「「なんか言った?」」



いいえ、滅相もないです。お二人とも…。

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