第十九話
「ここをこうやって…そう、そうです。」
今私は、珠緒さんにマフラーの編み方を教えている。本人が編み物は苦手だと言っていた通り、ちょっと目を離すと目数が合わなかったり、毛糸がとんでもない事になっていたり…。
確かに旦那さんが言ってた通り猫っぽい…。そんな失礼な事を考えていたら、ついに珠緒さんが編み棒を放り出した。
「やっぱりダメだわ、唯さん!何度やっても上手くいかないんだもの!」
「そんな事無いですよって言ってあげたいんですけど…。珠緒さん、本当に苦手なんですね…。」
苦笑いをしつつ、珠緒さんを見ると綺麗に整えられた髪に手を差し込んで、軽く頭を抱えていた。
「珠緒さん、元気出して下さい。ちょっと目数合わなかったりしても、投げ出しちゃダメですよ!それに、編み物はその人を思って編むんですから、買った品とかじゃ感じられない温かさがありますよ。」
頭を抱えていた珠緒さんが、私に視線を向けると目を細めた。
「唯さんは誰かに編んだ事あるの?」
「…ありますよー。ちょっと嫌な思い出も付いちゃったんですけどね…。」
言葉に詰まるかと思ったが、意外に冷静な声が出た。案外私は図太いのかもしれないなぁ。
そう。『彼』の為に私は一生懸命マフラーを編んだ。
『彼』の事を思って。受け取ってくれるかな。喜んでくれるかな。ただそれだけを考えているだけで、心が温かくなったり、苦しくなったりした。
『彼』が好きだった。
幼い恋心。
初恋だった。
それが粉々に砕かれた時、私はもう二度と誰かの為に編み物をしないと決めた。
以来、私は誰にも編んでいない。自分用の物は編んでいる。それを見たパパは、俺の跡を継がないかなどと茶化したりしているが、私にはその気はさらさら無いし、大体後継者はお兄ちゃんだ。
少しだけ心残りなのは、お母さんに少しだけでも編んであげられればよかった事。だけど、お母さんは私が編まなくなった理由を知っている。
「私に無理して編まなくていいのよ。また誰かに編んであげられる日が必ず来るから、その時まで取っておきなさい。」
そう言って微笑んだお母さんの顔は、かなりやつれていた。
それから何日も経たずに、お母さんはお父さんに会いに行った。
「唯さん?」
はっと気が付くと、珠緒さんが私を不思議そうな顔で見ていて、慌てて話を変える。
「いえ、何でもないです。お腹減ったなーって思ってただけですから!」
時計を見ると、既に18時を回っていた。今日は何食べようかなーと思っていると、珠緒さんから思いもよらない話が飛び出した。
「ねぇ、唯さん。編み物を教えてくれるお礼に、私と夕飯を一緒にどうかしら?」
「え?そんなお礼なんてとんでもないですよ。私がしたくてしてるんですから!」
慌てて手を振って固辞したのだが、珠緒さんは見かけによらずかなり強引だった。
結局、バイトを上がった私は珠緒さんを迎えに来たと思われる、黒塗りのでっかい車に乗せられて、高級料亭に連れられてきていた。
…ここって、財界人御用達って言われてる料亭だよね…。しかも離れの個室…。うわーん、居心地悪いよー…。
目の前でニコニコしている珠緒さんをちらっと見る。さっきの車といい、この料亭といい…珠緒さんって一体何者なんだろう…。
私の視線に気付いた珠緒さんは、「もうあと二人来るから、それまでもう少しだけ待ってね」と私に言った。
…もう二人も来るの?ヤバいよー、居心地悪すぎるー!!内心冷や汗をかきながら、なんて声をかけようか迷っていた時に、襖の奥から女将と思われる人の声がかかった。
「遠藤様、お二人様がいらっしゃいました。お通ししてよろしいですか?」
「ようやく来たのね。えぇ、通してくれる?それと食事もよろしくね。」
「はい。すぐにお持ちいたしますね。」
…女将さん、今なんて言いました?
遠藤様…?いや、まさかまさかでしょう。遠藤なんて名字は日本にありふれてるし、世間は狭いって言ってもそんなに狭くはないでしょー。
引きつった笑いをして、珠緒さんに声をかけようとした時、襖がすらりと開いた。
…世間って狭すぎる…。
そこにいたのは、間違えようもない遠藤亨、その人だった。
但し、同じ顔がもう一人側に立っていたが…。
唯ちゃん、急展開。
高級料亭って想像も付かないので、私の妄想空想になりますが、ご愛嬌で許して下さい(土下座)