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第十六話

「ただいま~!」


そう家の玄関を開けた瞬間、黒い物体が私に向かって突っ込んできた。よろけた私をお兄ちゃんが苦笑しながら、支えてくれる。

足下を見ると、尻尾を振り切れんばかりにぶんぶん振りながら、嬉しくて仕方がないと言った風に立ち上がって私を円らな目で見ている黒いラブラドールがいる。


「久しぶり、ナイト~!!元気だったー?」


ナイトの首にしがみつき、抱き締める。ナイトもベロベロ私の顔を舐めて、撫でて撫でてと尻尾を振って私に促している。

わっしゃわっしゃとナイトを撫で回し、お手、お座りなど一通りの事をして、ようやくナイト以外に目をやる。

苦笑しながら濡れたタオルを差し出したお兄ちゃんに感謝しながら、リビングへ行く。もちろんナイトが私の側を離れず付いてくる。あぁもう、やっぱりナイトは騎士(Knight)だわ~。いいコ、いいコ。


リビングに入ると、キッチンから出て来た家政婦の道代さんが「あらあら、唯お嬢様!」と驚いていた。



「お迎え出来なくてごめんなさいね。ナイト君がやたらそわそわしてたから、どうしたのかしらと思っていたんですよ。」


「いいえ~、いいんですよ、道代さん。あれ?お兄ちゃん、今日私来るって言ってなかったの?」


「そうだよ。唯をサプライズで連れてきてあげようと思ってねぇ。」


へらっと笑って、ナイトを撫でているお兄ちゃんを見て苦笑する。サプライズって…。


「道代さん、私急に来ちゃって大丈夫でした?ご飯足りないんだったら、私自分で作りますよ?」


「あらっ!大丈夫ですよ。私これでもこの家の家政婦ですから!一人増えたぐらいなんてことありませんから、少し待ってて下さい!!美味しいの作って差し上げますね!」


「あ、じゃあ私手伝います。」


「いえいえ、唯お嬢様はゆっくりしていて下さいませ。お久しぶりでございますから。先ず、お母様にご挨拶していらっしゃいませ。」


「あ、そうだね。お母さんに挨拶してくる。」


そう言って、お母さんの遺影がある和室へとナイトと一緒に足を運び、お兄ちゃんはご飯の用意が出来るまで、少し仕事してるからと言って自室へと引っ込んだ。



「お母さん、ただいま。しばらく来れなくてごめんね。」



写真で微笑むお母さんに手を合わせ、静かに黙祷する。

お母さんは二年に癌を告知された。



余命半年。



そのあまりにも衝撃的な内容に、自分が一番取り乱す立場だったのに、お母さんは笑ってそれを受け入れた。逆に気を使ったのはこちらの方で、私はただ毎日を泣いて過ごしていた。

そんな私を見かねたパパは、話があると家で二人、向かい合って話をした。



「唯、お前ろくに寝てないだろ。ちゃんと睡眠ぐらいは取れ。祥子も気にしてるぞ。」


「………」


「お前が先にしんどくなってたら駄目だろ。これから実際に辛いのは祥子なんだぞ。それをちゃんと俺達が支えてやらなくてどうする。」


パパの静かな声を聞きながら、私はただ俯いて口を噤んでいただけだった。そんな私を見ていたパパは、はー…と一息吐いた。


「そういうとこは千歳そっくりだな。全く頑固で可愛げがない。」


「…千歳…?お父さん?」


そういえば、お父さんとパパって幼なじみだったっていうのを聞いた事がある。そういうとこって…。


「千歳も都合悪くなると、無言になってそっぽ向いてたからな。おまけに自分の信念を絶対に曲げない頑固者だったし。よく似てる、お前はやっぱり千歳の娘だ。」


そう言ってパパは、優しく私の頭を撫でた。

撫でられて張り詰めていた緊張の糸が切れて、もう枯れてもいいだけ流したはずなのに、一向に枯れる事がない涙が流れた。



「…わ…私、お母さんがいなくなったら…どうしたらいいの?」



ぼたぼた涙を流しながら、パパを見る。痛ましそうに顔を歪ませながら、パパは私を抱き締めた。抱き締められたことで更に鳴き声まであげて、しばらくそのまま泣いていた。

ようやく落ち着いてきた頃、静かにパパが口を開いた。


「唯、祥子がいなくなったら俺もどうしたらいいかわからない。ただ、ただな、唯。俺達がそんな顔しても、一番悲しむのは祥子だ。祥子のそんな姿は見たくないだろ?」


「…うん…」


「だったら、せめて笑って俺達は過ごさないか。変に気を使われたり、凹んだりしても祥子は喜ばないし、俺達もいつかは保たなくなる。だからな、唯。お前は自分が後悔しないように、祥子がいる時間を過ごせ。祥子が居なくなってから、あれがしたかったって思っても意味がないからな。わかったか?」


パパの胸に顔を埋めたまま、何度も頷く。

そんな私をただパパは優しく抱きしめていてくれた。



それから私は、パパに言われたことを自分なりにちゃんと考えた。

後悔はしたくない。自分がお母さんに出来る事をしてあげようと思った。だから、それからはちゃんと睡眠を取り、笑えるようになっていた。


お母さんは余命半年と言われていたけれど、宣告後半年を過ぎてもお母さんは元気で、結局亡くなったのは、それから更に半年後の事だった。



「お母さん、私後悔してないよ。自分がこの家出たことも、名字も『神崎』に戻した事も。って言っても、籍はまだこの家にあるんだけどね?」


返事が返ることはないけれど、お母さんがくすくす笑って「全く、しょうがない子なんだから」と言っている光景が浮かぶ。

ナイトを撫でながら、お母さんと会話をしていると、襖の奥から声がかかった。



「唯、帰ってたのか。どうりでナイトが出迎えに来ないと思ったら。」


パパがチラッとナイトを見ると、ナイトはぷいっと言った風に私にすり寄ってきた。

それを見て軽く笑いながら、ナイトを撫で「お帰りなさい。パパ」と言って、立ち上がった。そろそろご飯も出来た頃だろうなと思い、ナイトと一緒にリビングへ行こうと、パパにも声をかけた。


「パパ?ご飯出来た頃だから、食べようよ。私、お腹空いたー。ねー?ナイト?」


「ワンッ!!」


「はは、ナイト、お前最近太ったぞ。唯、先に行っててくれ。祥子にただいまって言わないと。」


「そう?あ、お姉ちゃんは?」


「もうすぐ帰ってくるぞ。」



「2~3日前にも一緒にご飯食べたのにね。まぁいいか。じゃあ先に行ってるね。」



そう言って、和室を後にした。

リビングに戻ると、いい匂いがしていて、思わずキッチンを覗き込む。今日はおでんらしい。道代さんの作るおでんは、大根にちょうど良く味が染み込んでいて美味しい。

お腹減ったなぁ。ナイトと一緒に遊んでいると、お姉ちゃんが帰ってきた音が聞こえた。



「ただいま~。あれ…?…もしかして唯!?帰ってきてるのー!?」


はいはい、帰ってきてるよ。


「お帰り、お姉ちゃん。お疲れ様。」


「ただいま、唯。やっぱり唯はいつ見ても可愛いわ~。ね、ナイトもそう思うでしょ?」


「わふっ!!」


お姉ちゃんは私を胸に抱き締めながら、ナイトに同意を求める。どうやらナイトも賛成らしい。全くお姉ちゃんは二言目には『可愛い』なんだからら。



「お姉ちゃんさ、私別に可愛くないけど?」


「ううん、唯はもう最っ高に可愛い!!私が男だったら、絶対自分のものにしてるわ。なんだって唯はこんなに無自覚なのかしら?」


「無自覚って…。私お母さんに似て、凄い童顔なだけじゃない?」


「祥子ママに似た童顔なのは認めるけどね?唯って、背はちっちゃくて細いけど、ちゃんと発育してるじゃない?出てるとこ出てるし。」


にやりと笑ってお姉ちゃんは私の胸を触り始めた。

きゃああぁっ!お姉ちゃんどこ触ってるのよー!!

急いでお姉ちゃんから離れようとしたけど、なかなか離してくれずに心底困っていると、いつの間にか現れたお兄ちゃんが、お姉ちゃんのおでこにデコピンをヒットさせた。



「こら、美奈。唯にセクハラするな。」


「何よ、痛いわね!セクハラじゃないわよ、スキンシップよ。ねぇ唯?」


「…セクハラだもん…。」


若干涙目になりながら、お姉ちゃんから離れてナイトにしがみつく。ナイトは私を慰めようとしているのか、べろんと顔を舐めた。

そこへパパが姿を見せ、夕食を食べるために皆、テーブルへついた。

私は犬派ではなく、猫派なのですが、なんとなく唯は犬好きっぽいので犬飼いにしました。

ちなみに、私もラブラドールは好きです。

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