第十四話
昨日の雨が嘘だったかのような青空。雫が残っていて、キラキラ反射して綺麗だ。今日は暖かくなるらしい。
「おはようございまーす。」
「おはよう、唯ちゃん。昨日雨大変だったでしょう?電車止まってなかった?」
「凄かったですね。電車は止まってたみたいですけど、学校の先生に送ってもらったんですよ。」
「あらら、それは良かったわね。」
いろいろと桜さんと話しながら、開店準備を始めている時に、そういえば今日はお兄ちゃんが迎えに来ることを思い出した。
にやりと笑いながら、何気ない風を装い話し出す。
「そういえば、今日お兄ちゃんが来ますよ、桜さん。」
「えっ!?嘘、秀人が!?いつ!?」
「私が上がる時に迎えに来るって言ってましたねー。今日実家帰るんですよ、久しぶりにナイトにも会えるんで楽しみですよー。」
「あ…あらそう…。ふーん…秀人がねー…」
挙動不審になった桜さんを見て、ぶっ!と思わず吹き出してしまう。あぁもう桜さん可愛いなー!!このツンデレめーっ!!
「ねぇ、桜さん。お兄ちゃんに告白しないんですか?私絶対、お兄ちゃんは桜さんの事好きだと思うんですけど。」
「はぁ!?絶対無いから!!あの人畜有害シスコン男が私を好きとか絶っ対無い!!告白とかも有り得ないわっ!!」
「そんなに必死に全否定しなくてもいいですよ。でも、桜さん、お兄ちゃんの事好きでしょう?」
「…っ……!」
「桜さん、顔真っ赤ですよー。」
うりうりと頬を指でつついて、顔を覗き込んだ。恨めしそうな目をしながら睨まれても、あまり怖くない。
桜さんとお兄ちゃんは、初めて会った時から喧嘩していた。
昔、店番をしている桜さんと一緒に遊んでいた私は、迎えに来たお兄ちゃんを存在を忘れていた。その時、お兄ちゃんは桜さんに一言言った。
「おい、そこの唯に近づいてる男。唯から離れろ。」
と。
当時ベリーショートだった桜さんは、当然キレた。
「は?そこの顔だけ男。あたしの事男って言ったか?コラ。」
「どっからどう見ても男だろ。まさか女って言わないよな。そんなどっちが背中なのかわかんないような体型で。」
「はぁ!?どこ見てるワケ!?このド変態が!!」
「だから、見て騒ぐだけの体してないだろって言ってんだよ!!この自意識過剰がっ!!」
「なんですって、顔だけ男が!!」
それから、呆然と見守る私をしり目に、お母さんが止めに入るまで延々と喧嘩をしていた二人だが、未だに仲がいいんだか悪いんだか分からない。
だけどなー、なんか二人ともお互い意識しちゃってるような雰囲気あるんだよねぇ。桜さんなんて、絶対お兄ちゃんの事好きだし!
むふふと笑いながら、品だしをして、一段落ついたところで、店内に飾るための見本品をカウンターで作り始める。
今日は、初心者用の簡単なビーズのストラップを作ろう。
ざっとキットの説明書を読み、アイテムを確認する。初心者用なだけあって、1時間もあれば出来上がりそうだ。
製作に入る旨を桜さんに説明し、とりあえずせっせとビーズをテグスに通す。しばらくすると視線を感じたので、目線を上げるとそこには、上品なおばあちゃんが私のビーズストラップを見ていた。
「まぁ、ごめんなさいね。邪魔をしてしまったかしら?」
「いいえ、大丈夫ですよ。お客様、この店初めてですか?」
「そうなの。私は恥ずかしながら、お裁縫が苦手なものだから手芸店には足を運んだ事が無かったのだけれど、表に飾ってあったテディベアがあまりに可愛らしくて、誘われる様に入ってしまったわ。」
「あ、そのテディベア、昔私の母が作ったんですよ。お店と懇意にしてたので、置かせてもらってるんです。」
思わず笑顔になってしまった。そう、店先に飾られてあるテディベアは母が作ったもので、変に愛嬌のある顔をしているというか、ちょっと作りが雑なのだ。
後から母に聞いたら「あれは昔のパパなの」と、謎めいた言葉を残して、くすくす笑いながらパパを見ていた。
パパはと言うと、テディベアを見て、すぐさま「これ、俺だろ」となんだかふてくされた顔をしていた。
「まぁお母様が?」
「はい、義父がモデルらしいんですが、詳しく教えてくれなくて。」
「うふふ、そうなの。それで、あなた…あなたって言うのも何だか寂しいわねぇ。店員さん、お名前は?」
「唯です。神崎唯って言います。」
「唯さん。可愛らしいあなたにぴったりね。私は珠緒と言うの。よろしくね。」
「珠緒さんですか。素敵な名前ですね。」
「まぁ、ありがとう。」
うふふと笑う、珠緒さんにつられて私も笑顔になってしまう。上品な上に、優しいおばあちゃんだなぁ。と感激していると、珠緒さんが私の手元に注目しているのに気付いた。
「あ、これですか?これはビーズのストラップなんです。テグスっていう、この糸に、こうやって通していくだけなので簡単ですよ。」
あと少しで出来上がる所だったので、珠緒さんが見ている中で完成してしまった。
グリーンとクリスタルビーズのクローバーを模したストラップで、完成した時、珠緒さんは目を輝かせて拍手をしていた。
「凄いわ、唯さん。お裁縫が得意なのね!」
「はい、昔、母から教えて貰って、好きなんです。特に編み物がすごく好きで、今度マフラー編もうと思って、今日バイト終わったら毛糸買っていこうと思ってるんです。」
「あらあら、編み物?私、編み物は本当に苦手でね?夫や子供、孫達にも編んであげたかったんだけども、必ず失敗してしまうの。よく夫は、そんな私を見て笑うの。「珠緒は猫みたいだ」って。」
「猫ですか?」
「ほら、猫って毛糸でじゃれるじゃない?まるでじゃれてるようにしか見えないんですって。あの人から見れば。全く失礼しちゃうわよねぇ?」
ぷんと可愛らしく怒りながらも、笑っている珠緒さんを見て、旦那さんと仲がいいんだろうなぁと思って、「素敵なご夫婦ですね」と言い珠緒は「ありがとう」とまた笑った。
「あ、じゃあ!私が教えるので、旦那さんにマフラーを編んであげませんか?」
「え?唯さんが?でも私、本当に苦手なのよ。唯さん愛想尽かしてしまうぐらいなんだから。」
「大丈夫ですよー。私も習いたての頃、全然編めなくて、よく癇癪起こしてすぐ投げ出してたんです。だけど、その度に母が同じ所で止まって待ってくれてたんです。それを見て、私が編まなかったら、お母さんも完成出来ないんだーって思って、一生懸命編み上げてたんです。」
「素敵なお母様ね。今はどちらにいらっしゃるの?」
ぴちょんと心に波紋が広がる。
「一年前に亡くなりました。」
「まぁ…ごめんなさい、知らなくて…。」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。」
軽く笑んで、珠緒さんに気を使わせないようにする。「…そう?」と言いながら、私を見ている珠緒さんに「本当に大丈夫ですよ」と念を押す。
本当は大丈夫なんかじゃない。
『お母さんが死んだ』という事実は受け止めた。だけども、『お母さんがいない』事は、私の心に大きな穴を開けている。
だけどもいつもはそこに蓋をして、見ないよう見ないようにしているのだが、どうしてだろう。珠緒さんを見ていると、蓋が開いてしまいそうな気がする。
「じゃあ私も頑張ってみようかしら!唯さん、本当に出来の悪い生徒だけど、見捨てないでね?」
「はい、大丈夫です!一緒に頑張りましょうね!で、旦那さんにぎゃふんと言わせてやりましょう!!」
「まぁ、本当ね!」
くすくす笑いながら、編み棒と旦那さんに似合うという黒い毛糸を買って行った珠緒さんは、「また明日来るわね」と言い残し、店を後にした。
実はストラップキットと言うものを見たことはあっても、実際に作ったことはありません。あれって中にテグス入ってるんですよね…(汗)