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第十三話

「くしゅっ」


親密そうな会話が弾むお兄ちゃんと、遠藤先生をぽかーんと突っ立ったまま見ていたら、どうやら身体が冷えてきたみたいで、本人が思っていたより大きめのくしゃみが出た。

その途端、お兄ちゃんが振り返った。


「寒いのか?唯、早く部屋に戻ってなさい。僕ももう少ししたら行くから。」


「ん?大丈夫だけど…ねぇ、お兄ちゃんさ、まさか今日も泊まるわけじゃないよね?」


「そのつもりだけど?」


当たり前の事を聞くなよ的な顔をしているお兄ちゃんを見て、私はキレた。


「『そのつもりだけど?』じゃないよ!お兄ちゃんの家はここじゃないでしょ!!昨日は帰国したばっかりだから仕方なく泊めたけど、今日はダメだからね!!」


「だって、あっちの家には唯がいないじゃないか!!」


「当たり前じゃない、出たんだから!!大体、会社はあっちの方が近いでしょ!こっちから行くと遠回りになるじゃない!仕事行く前から疲れてどうするのよ!」


「明日は遅れて行くからいいんだよ。」


「嘘ばっかり!NYから帰って来たって事は、こっちでの仕事も山ほどあるんでしょ?違うって言うんなら、高橋さんに聞くからね!」


「なんでそこで零が出てくるんだ!!やめろ、唯!あいつに電話したりしたら、僕今から出ていかなきゃならなくなる!!」


「行ったらいいんじゃない?そうしたら、家に帰る事出来るじゃない。えーっと、高橋さん高橋さん…あ、あった。」


ボチボチと高橋さんの番号を探して携帯をいじっていたら、急に手に持っていたはずのそれが消えた。あっ!と思った時にはもう遅く、お兄ちゃんが高く掲げていた。

お兄ちゃんと私とじゃ身長差がありすぎて、お兄ちゃんの腕で上げられたら全然届かない。


「ちょーっとぉ!携帯返してよー!!」


「ダメー。返したら唯、零に電話するんだろ?なんで休みの日まで零の声聞かなきゃならないんだ。」


「それ、あとでチクッてやる…。」


「あのー。俺、聞きたい事あるんですけど、いいですか?桐生さんって、神崎とどういう関係なんですか?」


あっ!!すっかり忘れてたよ!!そうだ、先生いたんだよ…。うわぁ…これ全部見られたなんて…恥ずかしすぎる…。それに、先生は知らないんだよね。私達が義理の兄妹って言う事。

まぁ、(はた)から見たらおかしな光景に見えると思う。有名な桐生秀人が、一般人の高校生とマンションの前で喧嘩してるんだし。

それに気になるのは、先生とお兄ちゃんの関係もなんだけど…。


「あ、あのー…義理の兄なんです、この人。」


「そう、僕の世界一可愛い義妹の唯ー。で、お前はなんで、唯の事知ってるんだ?」


「あのね、お兄ちゃん、遠藤先生はうちの学校の先生なの。」


「は!?お前が?」


「そうですよ。しかし、兄妹ってマジですか。妹ってあの美奈だけかと思ってました。」


本気で驚いた様で、先生は苦笑を浮かべつつ、私とお兄ちゃんを代わる代わる見て「義兄妹ねぇ…」と呟いていた。


「あの、聞きたいんですけど、先生ってお兄ちゃんの事知ってるんですか?」


「あぁ、そうか。言ってなかったか。桐生さんは俺の大学時代の先輩だ。」


「まー手の掛かる後輩だったけどね。」


「そんなことないでしょう」と笑いながらお兄ちゃんと話している先生を見ながら、大学時代の先輩後輩ねぇ…と言われた言葉を反芻していた。案外世間は狭いものらしい。

こんな近い所に知り合いがいたとはね。だけど、そろそろ帰ってもらわないといけない。いい加減寒いし、ここで話していると邪魔にもなるし。

そんなこと考えていると、先生が何か思い出したかのようにポンと手を叩いた。


「そういえば、桐生さん、今日妹さん倒れたんですよ。」


「倒れた!?どうした、唯、大丈夫か!?病院行くか!?」


なんでこの人は面倒くさい事を掘り返すんだ!ふと先生の顔を見ると、ニヤニヤ笑っていたので、わざとだと確信した。

先生って実はいい性格してる!?


「あのね、お兄ちゃん、大丈夫だから。単なる貧血。わかった?大丈夫だからね。あのさ、お兄ちゃん、本当にそろそろ帰りなよ。先生だって帰らないといけないんだから。いい加減エントランスにいるのも邪魔だし、車だってそこに置いておいてもしょうがないでしょ?それに、私明日はバイトあるの。だからゆっくりしたんだけど。」


「桜か…。唯、俺から桜に言っておくぞ。なんだったら、あそこ辞めてうちの会社でバイトするか?」


「しません。そんな事桜さんの耳に入ったら、また喧嘩するんでしょ。いい加減素直になりなよ、お兄ちゃんさぁ。」


「僕はいつも素直じゃないか。」


「はいはい、素直なお兄ちゃんだから今日も帰るんだよねー。じゃ、バイバイ。先生も、送ってくれてありがとうございました。お兄ちゃんは気にしないで帰っても大丈夫ですよ。じゃあ、さようなら。」


「無理するなよ。おやすみ。」


「唯…。」


お兄ちゃんのしょんぼりした顔を見て、また先生は面白そうな顔をしていた。やっぱりいい性格しているんだと思いながら、エレベーターに乗り込んだ。


部屋に戻って、いつもなら静かな空間に寂しさを覚えるのだけれど、今日はなんだかあのやり取りで疲れてしまったのか、静寂が心地いい。

時計を見ると時間も、お腹も空いていたので夕飯を作ろうと思い、手洗いとうがいを済ませて、制服を脱ぎ、私服に着替えてフリフリエプロンを付けた。今日は何作ろうかなー。昨日は和食だったから、オムライスでも作ろうかなー。卵を冷蔵庫から出して、鶏肉と玉ねぎ、ピーマンなどの材料を切っていく。ついでにサラダとスープも作ろう、等と考えていた時に、そう言えば綾乃心配してるだろうな、後でメールしなきゃな。と思った。

ご飯を作り終わったので、メールしようと携帯を探した。だけど、どこを探しても無くて、そういえばお兄ちゃんから返してもらっていないと思い出して、急いで固定の電話からお兄ちゃんに電話をかけた。


「もしもし、お兄ちゃん?私の携帯持ってる?」


「ここにあるよー。今頃気付いた?」


「もー!返してよ!!」


「どうしよっかなー♪返して欲しいなら、土日は家に帰って来なさい。そしたら返してあげるよ。」


どうしよっかなー♪じゃないわよ。全く三十路前のくせに…。実家に帰るのかー。久しぶりだし、いいか。


「むー…仕方ないな。わかった。帰る。ナイトにも会えるし。」


「ナイトだけ?ま、いいか。明日バイト終わったら迎えに行くよ。何時に終わるの、お姫様?」


「明日は18時くらいまで入ってると思うよ。じゃあよろしくお願いしますね、お兄様。」


「わかった。じゃあ暖かくして寝るんだよ。」


「あ、お兄ちゃん、先生とあのあとどうしたの?」


「今?亨とバーで飲んでるよ。」


「飲んでるの?二人とも車だったでしょ?」


「代行あるから大丈夫だよ。なに、唯、亨に何か言う事でもある?」


「うん、お兄ちゃんが迷惑かけます。って。」


「失礼な」とくすくす笑いながら、じゃあねと言ってそのまま切った。

オムライスはすっかり冷えてしまった。

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