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第百十八話

今回でシカゴ帰郷編は終了。

『ユイが帰ると寂しくなるな。一人いないだけでも結構違うからね。』



アルは夕食後にデザートのバクラヴァを取り分けながら、そんな事を言ってくれる。何だかんだと結局一月近くもこっちにいたもんだから、アルもすっかり慣れてしまったのかもしれない。

さ、召し上がれ。と盛ってくれた皿にはこれでもかというほどのバクラヴァが。お…アル、お姉ちゃんにそんなによそっちゃ駄目だよ…これ、超ハイカロリーなスイーツなのに。しかもアメリカ仕様。



『何言ってんの、アル。元々あたしとアンタの二人とネコ達で暮らしてたんだから、すぐに慣れるよ。』


『そうは言ってもなあ。』


「唯。お前もしょっちゅうこっちに帰って来るんじゃないよ。休暇だったらまだしも、あんたまだ学校休みじゃないんだろ?今回は大目に見てあげるけど、次長期休暇以外に帰って来たら、すぐさま飛行機に乗せて日本に送り返すからね。」


「ふぁい…」



とーっても甘いバクラヴァのはずが、なんだか妙に苦いような…。

行儀悪く、口に物が入ったまま返事をしたら声がこもってしまった。そんな私の返事が気に入らなかったのか佐江子さんは、さっきから眉間に寄せていた皺を更に一つ追加した。



「あんたは!口入れたまま返事をするんじゃないよ、行儀悪い!」


「は、はい!」


「全く。祥子は躾に関しては大丈夫だと思ってたけど、総一郎だけになってから甘ったれてんじゃないだろうね。それに、美奈!あんたも行儀悪く食べてるんじゃないよ!!」


「ひっ!あ、あたし!?」


「せっかくアルが盛ってくれたんだから、残さずに食べなさい!」


「だ、だってこれ量多い…」


「なんだって?」


「…何でもないです。」



おお…お姉ちゃんがしおらしい…と言うか、お姉ちゃんって佐江子さんの事怖がってるからな…。と言うのも、「自分に対して叱ってくれる大人と言うのがほとんどいなかったから余計に萎縮しちゃうのよね…」とはお姉ちゃんが以前に佐江子さんに叱られた時に言っていた言葉だ。

昔パパが忙しかったから叱ってくれる人がいなかったと言うのもあるらしい。まあナニーをしていたマリーも躾はしっかりしてくれたとは言えど、佐江子さんみたいに遠慮なくガツガツと叱るタイプではないしね。…って言っても怒ると怖いけど。


佐江子さんに叱られたので残すに残せなくなったバクラヴァを一生懸命食べているお姉ちゃんを見ながら、アルと明日の帰国便についての話をしていると、そう言えば…と佐江子さんが思い出したように呟いた。



「あんた、ジャリガキ共と仲いいのかい?」


「ジャリって…仲いい…っていうより、弟の方はうちの学校の先生だし、兄の方もこの間知り合ったばっかりだって言ったほうがいいのかも。」


「ジャリ…?ねえねえ唯、ジャリガキって何?」


「えっとねえ…遠藤兄弟?」


「ぶっ!」


「美奈!!」


「ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっとツボに…」



片手を上げつつ謝るお姉ちゃんを呆れ顔で見ている佐江子さんは、ひーひーと笑い転げるお姉ちゃんに見切りをつけたらしい。早々にお姉ちゃんを無視して話を続ける。



『千歳がいたら手放しで喜んだだろうけどね。それに祥子もいないんじゃ、せっかくの何十年振りかの再会だって言うのに味気ないったらない。』


『せめてもう少し早く再会出来てたらね…。残念だけどしょうがないよ。今度お墓参りに行って来るんだ。』


『そうは言ってもショウコはともかく…チトセの墓地にはユイは行けないんだろう?』


『車の中で待ってる。』


『…あちらさんの家族も頑なだね。娘のお前だけでも墓参りさせてやればいいものを。』


『………仕方ないよ…』



へへっと笑っておくと、佐江子さんもアルも、お姉ちゃんも三人して厳しい顔をしていた。

だって、こればっかりはしょうがないもん。私がお父さんの冥福を祈れるのは、お母さんと一緒に写っている写真だけ。たくさん残されたものはあるけど、遺骨だけは『神崎家ノ墓』にご先祖様とお祖父ちゃんたちと一緒に入っている。

お母さんに関しては先生達を案内する墓地の他に、ここシカゴの共同墓地にも埋葬してある。お母さんがずっとここで暮らしてきた故郷だから、少しでもお母さんが懐かしめるようにと思って。

お父さんと日本の墓地でも離れてしまったのは本当に申し訳ないけど、納骨堂の中にはお父さんが使っていた万年筆を一緒に入れたので、少しは寂しくないかもしれない。



『明日、帰る前にこっちのお墓に寄って行こうと思うんだ。』


『ああ、それがいいかもしれないね。そうだ。暫く行ってないからサエコ、僕達も一緒に行こうか?』


『そうだね。カサブランカ持って行かないとね。』



お母さんが好きだったからね。

白い花弁を思い出しながら、その日は遅くまで話していた。



翌日。

宣言通り、カサブランカの花束を持って共同墓地を四人で訪れた。飛行機は午後便だからまだ時間に余裕がある。とは言え、空港までの道は時間を間違えば渋滞で動かなくなるので、早く行っておくことに越した事はない。

タクシーで空港まで行く事にしている私達とは別に、佐江子さんは一応大事をとって安静にしておかないといけないので空港まで行かないから、ここでお別れということになっている。



「…お母さん…」



しゃがみ込んでそっと冷たい墓石を指でなぞった。

墓石には『With you forever(永遠にあなたとともに)』の文字。


そう、お母さんは私と一緒にいてくれている。

きっとお父さんも、お墓は離れていてもお母さんと一緒に私を見ていてくれているはず。

だから、そんな二人に恥じないようにしっかりと前を向かなければ。いつまでも学校という場所から逃げていてはいけない。



「頑張るから…見ててくれる?お母さん。お父さん…」



時間だよ、とお姉ちゃんから控えめな声がかけられて、そして立ち上がる。

佐江子さんとアルバートに感謝の言葉と迷惑をかけた事について謝って、「また来るね」「来なくていい」の応酬をしつつ、笑顔でハグをして私達は帰国の途に着いた。



残された白いカサブランカが別れを惜しむように、風に揺れていた。

次回亨になります。

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