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第百十四話

朝、目が覚めたらまだ六時前。もう十二月だから日の出が大分遅くなっているのもあって、辺りはまだ薄暗い。ベッドの中はぬくぬくしていて暖かいけど、顔がひんやりしているからきっと室内温度は低いはず。

ああ、そろそろ起きて暖房点けないとなぁ…と思いながら枕に頭をぐりぐりしていると、隣で背を向けて寝ていたお姉ちゃんが寝返りをうった。

向けられた顔は穏やかな寝顔をしているけれど、うわぁ、やっぱり目が腫れてるし。しかも、心無しか浮腫んでいるような気もするなあ。


そう言えば寝る前に冷えたタオルを用意しないと…って思ったはずなのに、結局しないまま寝てしまったんだね。その結果、見事に腫れたお姉ちゃんの目周辺。ああー…。

…お姉ちゃん今日二重の幅キープ出来るかな…と心配しながらも、寒いのでベッドから出たくないなーとしぶとくごろごろしていると、サイドボードに置いていた携帯がピカピカと光っているのが見えた。アメリカに来てからパパから渡された携帯は、佐江子さんが退院する時にサイレントにしていたので着信があっても気が付かなかったようだ。

日本で使っている携帯はマンションの部屋に置いて来たし、パパから渡された携帯と言っても番号を知っているのはパパとお兄ちゃんとお姉ちゃんだけ。シカゴに来てからは通話料金がかかる携帯じゃなくスカイプで話しているし、一応佐江子さんやアルバートの番号も入っているけど、近くにいるから携帯で話すような事も無い。しかも夜中にかけてくるような人達じゃないし。


となるとお姉ちゃんがいる今、かけて来たのはパパかお兄ちゃんが有力。

寒いんだよなぁ…と唸りながらサイドボードに手を伸ばして携帯を取ってみると、画面に出ていた着信主は『Hideto』。お兄ちゃんだ。ちなみに着信時間を見てみると、AM2:23、AM3:33、AM4:08、AM5:17…って、一時間おきに…!

シカゴと日本は時差が十四時間…ああ、今は冬時間だから十五時間か。と言う事は、あっちの時間で夕方ぐらい?なんだってこんな非常識な時間に電話してきてるんだろう。寝てるのわかってると思うんだけどなあ。

酔っ払ってるにはまだ夕方の五時ちょっとじゃ早い時間だろうし、メールが入ってないのを見ると大した用事でもないんだろう。とは言え、今起きたところだしちょっと電話してみようかな。今朝の六時…と言う事は、あっちは…夜の九時か。うん、大丈夫だね。


ひとまず起きる事にした私は、そっとお姉ちゃんを起こさないようにベッドを降り、すぐさま厚手のカーディガンを羽織った。これ袖口が長いんだよねーとか思いつつ、縮こまりながら階段を降りてリビングの暖炉に直行。そこで急いで火を起こしている間にキッチンに行って、お湯とミルクを沸かす。ちょうど買ってあったインスタントのコーヒーをたっぷりのミルクで割って、カフェオレに。

それを作っている間にちょうど薪の火がパチパチッといい感じにはぜってきたので、暖炉の真ん前にどんと陣取って、カフェオレを飲みながらポケットに入れてあった携帯を操作してお兄ちゃんの番号を呼び出すと、そのまま通話ボタンを押した。

呼び出し音が鳴っている最中ふと、国際ローミング…って聞いた事あるけどなんだっけ…とか思っていると、三コールもしないうちにガチャリと電話を取られた。



「もしもし、お兄ちゃん?」


『唯!?よかった、出てくれて!何回も電話したんだよ!』


「えー、だって寝てたんだもん。夜中の二時とか三時に電話してこられても私寝てるし。」


『え、あ、ああ。そうか…そうだよね……時差あるのすっかり忘れてた…』


「で、どうしたの?こんな時間に。一時間おきに電話してきてるんだから何かあったんでしょ?あ、スカイプに繋ごうか?」



一応寝起きだよと断って、いそいそと部屋からパソコンを持ってくるとスカイプに繋ぐと、相変わらずキラキラしたお兄ちゃんがお目見えした。画面の脇にナイトが移りこんでいるのはご愛嬌といったところだろう。



「おはよー、お兄ちゃん。ナイトー。」


『そっちは朝か。おはよう、唯。』


『わんっ!!』



んふふふー。可愛いなあ、ナイト。佐江子さんのマックスとリリー、ギルも可愛いけど、やっぱりうちのナイトが一番可愛い。親バカだって言われても、こればっかりはー。



『唯、聞いてる?』


「あ、ううん。ナイト見てた。」


『…何気にさくっと酷いね。』


「ごめんごめん。で、どうしたの?」


『いいけどさあ。もしかして美奈がそっちに行ってない?』


「お姉ちゃん?来てるよ。昨日佐江子さんが退院したんだけど、その時に家に帰ってみたらちょうどタクシーから降りてきたお姉ちゃんと鉢合わせしたの。一週間オフだって言ってたから、今日はシカゴを観光でもしようかって『やっぱりか!あのバカ!』…お兄ちゃん?」



いきなり怒鳴ったお兄ちゃんにびっくりしていると、画面の向こうでお兄ちゃんが焦った顔をして謝ってきた。滅多に怒らないわりに、こんな風にいきなり怒るときがあるから驚くんだよね。と言っても、桜さんと話してるときに、だけど。



『行き先も言わずに家帰って来ないから、おかしいなとは思ってたんだ。道代さんも何も聞いて無いって言うし、携帯にかけても留守電。仕方ないからマチさんに電話してみたら、「美奈は一週間のオフをもぎ取ったので今大変なんです!」って僕が怒られたし。父さんは父さんで、美奈と喧嘩したらしくて「暫く構うな」って突き放すしさ。』


「…そんなことが…」


『確かに『カサブランカ』のコレクションに出れなかった…って、美奈がコレクションに選ばれなかったって聞いた?』


「うん、お姉ちゃんから聞いた。パパが見つけてきたって言ってたけど…」


『…うん、まあ…そうなんだけど。とにかくコレクションに出れないって聞かされてから、毎日クラブだ、パーティだって遊びまわってたんだけどさ。流石にやばいなと思ってた矢先に、これだろう?ああ、でも居場所がわかったからよかったよ。まあ唯のところに行ってるだろうなとは思ったんだけど、確信がなくてね。そうだ、佐江子さんに退院おめでとうって。あと、アルバートにもよろしくって言っておいてくれる?』


「うん、わかった。」


『美奈もそうだけど、唯もこっちに帰っておいで。ナイトも寂しがってるよ。なあ、ナイト。』


「ふふ、そうだね。日曜日までにはそっちに帰ろうとは思ってるんだ。約束もあるし…」


『約束?』


「うん。そう。」



先生と翼さんとの約束は守らないと。



『そうか…じゃあ、何時の便か言ってくれれば迎えに行くよ。』


「いいよ!また高橋さんに怒られるよ!?それでなくとも忙しいんでしょ。」


『えー!?お前たちのためならいつでも時間取れるよ……って、噂をすれば…零だ…』


「ほらね。きっと高橋さんの悪口言ってるのばれたんだよ。それじゃあ、切るね。おやすみ、お兄ちゃん。ナイトもおやすみ!」


『わんっ!』


『ああ、おやすみ。二人とも今日もいい一日を。』



パタンとパソコンを閉じて、すっかり冷めてしまったカフェオレを一口飲む。

今の話を総合すると、寝物語のように言っていたお姉ちゃんの話は本当だったんだろう。しかもパパと喧嘩までしているとなると相当だ。どっちも引かないから、家の中は冷戦勃発しているみたいな状況になっているはず。ああ、なんてこと。


だけど、お兄ちゃんは彰義さんのことを言ってなかったから多分、お姉ちゃんは何も言っていないんだ。

まあお兄ちゃんに、彼氏に浮気されて、浮気相手が妊娠したとわかると烈火の如く怒るに決まってるから言わなかったんだろうけど。

それに、お姉ちゃんにだってプライドがあるだろうし。



お姉ちゃんが逃げてきたと言ったのは、仕事からだったのか。

それとも浮気した彰義さんからだったのか。



それを知っている人は、まだ眠りについている。



パチンと、一際大きく火がはぜったのを見ながら私はそろそろ自分の事も決着をつけなくてはいけないと思っていた。

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