第十一話
雨の音がする。どうやら凄い降ってるなー…とぼんやり思う。
目を開けて、一瞬ここがどこかわからなかったが、次第にはっきりしてくる。どうやらここは保健室らしい。
もぞもぞと首を動かすと、薄暗いカーテンの奥には電気が点けられている。誰かいることはわかったが、誰なのかわからない。
え、ちょっと待って、今何時!?今日バイトあるのに!!
眠気も吹っ飛び、ガバッと勢いよく起き上がった音を聞いて、シャッーとカーテンが引かれる。
「あらー起きた?もう大丈夫かしら?あなた貧血で倒れたのよ。覚えてる?」
「あ、大丈夫です…。私倒れたんですか?」
「そうよー。睡眠不足からきた貧血みたいね。ちゃんと寝なきゃダメよ。寝不足は女の大敵なんだからねー!」
そう言って朗らかに笑う保健の先生に、大丈夫です。と改めて言う。
「だけどねぇ、神崎さん、あなた役得よ!ここに運んできたのが、遠藤先生なんだからー。本当に羨ましいわー。私があと20年若かったら、絶対好きになってるものー。」
うっとりといった表情で遠くを見ている保健医の先生を見て、私は落とされた爆弾の反芻していた。
「お姫様抱っこよ、お姫様抱っこ!!もう、若いっていいわね!!」
頬を薄く染め、すっかり自分の世界にトリップしている先生の言葉が、右から左へすり抜けていく。
…運んできたのが遠藤先生…?
お姫様抱っこ…?
お姫様抱っこって誰が誰を…?
先生が私を…?
「えぇぇぇぇーーーー!!!!!!!!!!!!!」
「あら。反応遅いわね。」
驚きすぎて次の言葉が思い付かない。
ただ目を見開き、口をあんぐり開けている。多分凄いバカ面してるんだろうが、そんな事に頭が回らない。
「本当よー。慌てて保健室に来たんだから。しょっちゅう様子見に来てたしね。そうそう。荷物は友達が持って来てたわよ。もう授業終わったし、凄い雨降ってるから急いで帰りなさい。」
はっ!!そうだ、今何時!?
「あっ…あの今何時ですか!?」
「今?えーっと…5時ね。雨降ってるから余計暗いわねぇ。」
ご…5時!?完全にバイト間に合わないじゃない!!ヤバい!!急いで電話しなきゃ!!
「あっ…あの、もう大丈夫なんで帰ります!!すいません、ご迷惑かけました!!」
「ちゃんと睡眠取りなさいねー。それじゃあ気を付けてね。」
「はい!さようなら!」
急いで保健室から出て、荷物を抱えて携帯を取り出す。
遅刻しますって連絡いれなきゃ!
「はい、アクア手芸店です。」
「あ、もしもし、桜さん、お疲れ様です。唯です。」
「あら、唯ちゃん。どうしたの?」
「あ、あの、すみません!!バイト30分位遅れます!!」
「あら、そう?あー…でもなぁ…凄い雨降ってるから、午後から全然お客さんいないのよねぇ。うーん…ねぇ、唯ちゃん明日の土曜日フルで入ってもらえない?」
「はい、大丈夫です。」
「じゃあ今日は休みでいいわ。本当凄い雨で、電車も何本か止まってるみたいだから、早く帰った方がいいわよ。」
「本当にすみません…。」
「あぁ気にしないで。本当は、今日このままお客さん来ないだろうと思って、早めに閉めようとしてたから。じゃあ明日よろしくねー。」
「はい、わかりました。ありがとうございます。じゃあ明日。お疲れ様でした。」
お疲れーという明るい声で、電話が切られた。
桜さんは、私がバイトをしている手芸店の店長さんだ。私が手芸をする際、お母さんと一緒に桜さんの店をよく利用していたのが縁で、高校に入ってバイトをしようとした時に『私の店でバイトしない?』と言ってくれたので、その言葉をありがたく受け取り、店でバイトをしている。
思いがけずバイト休みになったし、今日はゆっくり出来るかな。
なのに玄関まで出てびっくりする。
何この雨!!
雨が強すぎて、これじゃあ傘を指していても意味ないんじゃと思うぐらい降っている。
えぇー…すごい降ってるし…。せめて小降りになってくれればいいけど、そんな気配無いし…。仕方ない。濡れるけどしょうがないか…。と思い、傘を開いて意を決して一歩踏みだそうとした時、後ろから声がかかった。
「神崎?」
振り向いた先にいたのは遠藤先生だった。
「お前この雨の中帰るのか?」
「あ、はい。駅まで行けば、あとは電車なんで、何とかなるかなと思って。」
「電車?今頃電車止まってるぞ。代替でバス出てるらしいが、まだ混んでると思うがな。」
えー…マジで…。
一向に止みそうもない景色を眺めてみる。うーむ…バスか…。あんまり得意じゃないんだよなぁ…。でも早く帰りたいし…。
「俺が車で送るから、もう少しここで待ってろ。」
…はい…?
今なんと…?
そろそろ展開していけるといいんですが…どうなることやら…