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第百十二話

「…うえー…もう無理ぃ………」


「言わんこっちゃない。こんな大きいの、私達二人じゃ全部食べられないのわかってたでしょ?もう、もったいないなあ。」



案の定、アメリカンサイズの大きい一切れを食べた終えた辺りからお姉ちゃんは「お腹いっぱい…」と言い出し、それでも頑張って次に突入しようとしたらしいけど、最終的にはそこから手が動かなくなった。

同じく大きいコーラも多分半分以上残っている。そもそもお姉ちゃんって炭酸飲料って滅多に飲まないから、飲みなれて無い分直ぐにギブアップしたんだろう。いつもはガス入りの水とかだからね。

私も頑張って三切れを食べたんだけど、流石に全部は食べきれずに残り二切れで白旗を上げてしまった。


と言うか、お姉ちゃんが頼んだのに私がほとんど食べたってどういう事?

ズココココーとお姉ちゃんの分のコーラも飲みながら、日本にいるお兄ちゃんのことを思い出していた。



「お兄ちゃんがいればこれ食べ終えられるんだけどなー。」


「お兄ちゃんがいたら、多分足りないんじゃない?あれでも結構食べる人だから。」


「まああれだけ働いてれば、お腹も空くよねえ。そう言えばお兄ちゃん元気にしてる?ちゃんとご飯食べてる?」


「えー、お兄ちゃんと基本的に時間が合わないから知らな~い。いつものように零くんスケジュールに忙殺されてるんじゃないの?」



うふふふふと二人で他愛のない話をしつつ、もったいないから残ったピザを冷蔵庫に入れようとキッチンに行って皿を持ってこようと腰を上げた。ついでにテーブルの上の後片付けをして綺麗にすると、お姉ちゃんは、ピザを食べている間に付けっぱなしにしていたテレビでたまたまやっていた昔の映画を観るようだった。私は映画に興味がないので、サラダも作ったものの結局ほとんど手を付けないままだったのを持ってキッチンへ行く。

残ったものは明日のお昼にでも食べよう。流石に朝は近くのお店に買いに行こうかな、とかそんなことを考えながら皿を洗う。


…て言うか、本当にお腹一杯だし。こんなに食べたの久しぶりだなーとお腹の辺りをさすりながら、後片付けを終えてリビングに戻ってみると、思いのほか映画が面白いのかお姉ちゃんはじっくりと観入っていているようだ。どうやら恋愛映画みたいだけど、初めから観てないので内容がさっぱり。

主人公の女優がアルコール依存症に陥っているらしく、それを支える夫との間のなんちゃら…。うーん、よくわからん。


熱中しているお姉ちゃんに話しかけても返事がないのはわかっているので、そのまま私もお風呂に入る事にして、そっとリビングを後にした。

シャワーを浴びドライヤーもかけてさっぱりして戻ってみると、映画は今丁度終わったらしく、エンドロールが流れていた。ソファーに後ろから見た限りでは身動き一つしないので、もしかして寝ているのかなと思って、そおっと小さな声で声をかけてみる。



「お姉ちゃん、寝てる?」


「……んー……起きてるよ。」


「そう?そろそろ寝よっか。それともまだお姉ちゃんは起きてる?」


「ううん。あたしも一緒に寝ようかな。」


「そう?じゃあ、テレビ消してくれる?私、暖炉の火落とすから。」



幾分お姉ちゃんの声が眠そうだったのに気が付いたので、私は火かき棒で粗方消えかかっていた薪の火を消し、お姉ちゃんはぷちんとテレビとリビングの電気を消して、一緒に二階の部屋に上がった。

さすがに私の部屋に置いてあるベッドはシングルサイズで二人で寝るには狭すぎる。特にお姉ちゃんは身長があるので、いくら線が細いと言ってもつま先とかが出ちゃうことになるのでね。ここシカゴは寒いから。

なので、今日はお姉ちゃん特別仕様でお母さん達が使っていた寝室で寝る事にしたのだ。まあお母さんとお父さんが二人で寝ていたらしいベッドは十分広いし(話で聞く限りはクイーンサイズらしい)、二人で寝るには十分すぎるほどだ。


お母さんが縫ったキルトの上掛けをめくってベッドに二人で潜りこんで、ふと時計を見ると既に日付が変わろうとしていた。



「すっかりこんな時間かあ。お姉ちゃん、時差ボケとか大丈夫?」


「んー…大丈夫だよ。もう眠いから時差ボケとかないかもー…」


「んふふふふ、いっぱい食べたしねぇ。残ったピザは明日のお昼ご飯だから、覚悟しておいてね。」


「うっ。もう食べ物の話はいいわ…」


「うふふ、じゃあおやすみ、お姉ちゃん。」


「おやすみ、唯。」



ベッドサイドのライトを消して目を閉じていると、私もうとうとと眠くなって来た。そう言えばこの前お姉ちゃんと一緒に寝たのって、彰義さんの浮気現場を見た時以来だ。

お姉ちゃん、彰義さんとどうしただろう。まさか私もそんな事聞けないし、今はもう睡魔が襲って来ているので聞こうにも聞けないや。

って言うかあれ?今お姉ちゃんって『カサブランカ』のコレクションの準備で忙しいはずなんじゃないのかな。それなのに、わざわざ私を連れて帰るためだけに、はるばるシカゴにまで来ている時間なんてあるのかな?

聞こうにも聞け無いし、しかも本格的に眠りに落ちそうになっている丁度その時、隣に寝ているお姉ちゃんが小さな声で「唯、まだ起きてる…?」と聞いてきたので、ほとんど生返事をかえす。



「んー?どうしたの…?」


「そのまま寝てていいよ。ううん、そのまま聞いてくれてるだけでいいの。少し、私の話聞いてくれる?」


「…?うん、いいよぉ?」



眠いまま返事を返すと、ふっと隣で笑う感じがした。頭を撫でられる感触がしたものの、私は相変わらず眼は開けられないほど眠いし、逆行になっているのでお姉ちゃんの顔が見えない。

お姉ちゃんの優しい手と声は、さながら絵本を読み聞かせしてもらっているような感じを彷彿とさせた。




「あたしねー…彰義くんと別れたの。」


「…ふぇ…?」


「ああ、起きなくてもいいよ。そのままで。」



何か、とんでもないことを言っているような気がするんだけど、眠いから頭が働かない。

私が眠さと格闘している最中も、お姉ちゃんは寝かしつけをするお母さんのように、私の背中を優しく叩きながら抱き締めていた。

「浮気されたんだー…」と泣きそうな声を聞いて私は慰めてあげたいと思ったのに、お姉ちゃんはそれをさせてくれない。



「会社の後輩の女の子が、自分の事をずっと好きだったって言ってくれたんだって。で、彰義くんも新人研修の頃からずっと面倒見てきた子だったから、それで気になってたらしくて。最初は断ったんだって。付き合ってる人がいるって。流石にあたしの名前は出さなかったみたいだけど、その子がね。泣きながら言ったんだって。『二番目でもいいですから、自分のことを好きになってください』って。」


「そんなこと言われちゃったもんだから、彰義くんもグラッと来たんだろうね。二番目にしてくれって泣きながら縋ってくる後輩を無碍に出来なかったんだって…。何も知らないあたしに悪いとか、後輩の子にも悪いってずっと思ってたらいつの間にかズルズル行っちゃってたみたいで。結局、後輩の子が妊娠したんだって…それであたしのところに二人で謝りに来たんだ。何かね、お互いを庇いあってるの見たら、その時に自分の中で築きあげた物が、全部無くなった感じがしたの。全部。」


「ずっと出演()たいと思って、今回こそはと思って頑張って。それでようやく本決まりになってた『カサブランカ』のコレクションにも土壇場で出れなくなって。ずっと結婚したいと思ってた好きだった彼が浮気して、しかも子供まで出来てて。あたしは何の為にずっと我慢して、頑張ってきたんだって思ったら何かもう、何もかもがどうでもいいと思った。」




だから逃げて来たの。何もかも、全部から。


お姉ちゃんはそう言って、静かに泣いた。


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