第百十一話
『アルバート!久しぶり!元気だったー!?』
『どこの美女が来たかと思ったら、ミナじゃないか!元気だったかい?』
ぎゅーっとハグしているアルとお姉ちゃんを尻目に、私は自分の分とお姉ちゃんの分のコーヒーを淹れるのと、持ってきたケーキを取り分けるために皿を用意したりしている。さながら小間使いの気分ですよ。良いけどさ。
お盆に乗せてリビングまで行くと、まさにお姉ちゃんが佐江子さんに挨拶に行くところだった。…心無しか、ううん。ちゃんと顔が引きつってるよ、お姉ちゃん。佐江子さんも佐江子さんで、お姉ちゃんが自分の事を苦手にしているのを知っているから、これまた意地悪く笑ってるし。
みんな、仲良くしようよー…
「おやおやおや。随分とまあ、妹を迎えに来るには派手なナリをしてきたじゃないかい。」
「……話に聞いてたよりお元気そうですね。佐江子……オバアサマ。」
「元気だよお?唯が『わざわざ』遠い日本から駆けつけて来てくれたからねえ。」
「……【望んで来させたわけじゃないわよ…】…見たところ退院も出来たようですし、アルバートもいるからもう唯を連れて帰っても問題はないですよね?…オバアサマ。」
お姉ちゃん…佐江子さんのことを『オバアサマ』って強調しすぎだよ。しかも今、小さな声だったけどイタリア語で毒づいたね。昔からなんだけど、お姉ちゃんは毒吐くときだけイタリア語になる悪癖がある。と言ってもまあ、高校生になる前まではイタリアに住んでたから、日本語よりイタリア語の方が言いやすいっていうのはあるだろうけど…。
それに、最近じゃお兄ちゃんだけじゃなくパパからも「それ止めろ」って言われてるのに、なかなか癖っていうのは簡単に克服できるものじゃないから、ちょっとした拍子についつい口走っちゃうらしい。
一応お姉ちゃんもイタリア語と日本語以外に英語とフランス語も話せるけど、お姉ちゃんの話す英語はイタリア訛りがある。と言っても、そんなに気にするほどでもないけどね。
「そうさね。まあ、あたしも退院したし、この子も学校があるだろう。いつまでもこっちにいても迷惑だと思ってたところだったんだよ。」
「佐江子さん…」
「あんたもいつまでもあたしたちに甘えてんじゃないよ。自分の足で立つ方法は、ちゃんと祥子に教わってるだろ。さっさと日本に戻んな。あっちで待ってる人がいるんだからね。」
佐江子さんはぶっきら棒にそう言うと、ぷいっと膝に乗っているマックスの方に構いはじめてしまった。こうなると自分の話を聞いてくれない事は重々承知しているので、私はアルとお姉ちゃんと話すことにした。佐江子さんもどうせ隣にいるので、聞いていることだろう。
『…実を言うとね、一旦帰ろうかと思ってた頃だったんだ。だからお姉ちゃんが来てくれて、ちょうどよかったかな。』
『一旦…ね。ユイ、サエコが言っていた通り、もうサエコは退院したからもう大丈夫だよ。私もついているし、大体腕の骨にヒビが入っただけなんだから。一ヶ月すれば大分よくなるだろうと医師も言っていたんだよ。私達のことは心配しなくてもいいんだぞ?』
『そう、なんだけど……さ。』
ほとんど日本に帰ることを自分の中で決めているにも関わらず、何故か素直にうんと言えないまま結局お姉ちゃんと家に帰ることになった。
その間佐江子さんは何も言わないままだった。
なかなかお姉ちゃんがこの家に来る事は滅多にないので、物珍しいのかキョロキョロとあちらこちらを見て回っている。そんなお姉ちゃんを苦笑しながら見つつ、私は夕食を作ろうとキッチンに立ったのだけど、生憎冷蔵庫に主食に出来るようなものがなにもなかった。そう言えば今までアルと一緒に食べてたから、ブランチとして自分が食べる用の材料しか買って無かったのを忘れてたよ。
サラダ程度なら作れるけど、流石にそれしかないのは物悲しすぎる。
「あっちゃあ…どうしようかな。何にも無いよ…。」
「どうしたの?」
「ごめんね、お姉ちゃん。何も食べる物ないのすっかり忘れてたの。どうする?近くに食べに行く?」
「うーん……だったらピザでも頼もうか!ペパロニのやつがいいなー。」
「え!?いいの、お姉ちゃん!太るよ!?」
「失礼な!」
むっとしたお姉ちゃんは私が止める間もなく、近所で美味しいと評判のデリバリーピザに電話をかけてしまった。そして「お風呂どこー?」とのん気にお風呂に入ってしまった。
お姉ちゃんのマイペースは今に始まったことじゃないけど、こんなにだったっけ?私がいない間にお姉ちゃんの性格変わった?
一応サラダ的なものを作っていると、ドアノッカーが叩かれた。出てみると、明らかに大きいサイズの箱を持ったお兄さんが立っていて。内心びっくりしたけどお金を払ってリビングのテーブルに置いて、蓋を開けて見るとさらにびっくり。
日本ではお目にかかれない、超ビックサイズ。しかもご丁寧に、ダイエットコーラまで頼んであるし。勿論おっきいやつね。
「ちょっと、お姉ちゃん。これ、アメリカンサイズ…」
「んー、いい匂い。さ、食べよー、食べよー!」
ひ、一切れが異様に大きい…。