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第一〇九話

すっかり忘れていた記憶を掘り起こしてみたところ、確かに私は十二月の第二日曜日に先生と翼さんをお母さんたちのお墓に案内しますと請け負っていた。

いつも持ち歩いている手帳に書き込んでいたものが、その手帳を見る事自体していなかったというのだからどうしようもない…


次の日曜日に間に合わせる為にこの一週間の内に帰国してないと、先生達をお父さんとお母さんのお墓参りに連れて行けない。当然、お父さん達の墓所の場所を知りようもない先生と翼さんを案内するのは私の役目なわけで…

と言っても、私お父さんが入ってるお墓に行けないしなぁ…まあそこはお寺の住職さんに聞いてもらって…

とは言え、お母さんが眠っているお墓だけでも自分で案内してあげたいけど、正直まだ日本に帰るまでの決心がついていない。


パパは冬休みが終わるまでアメリカにいればいいんじゃないか?と言っていたけれど(クリスマスはシカゴからパリに行くようにすればいいだけだから、とも言われた)、流石にそこまでこっちにいるのはどうかと思うし、そもそもバイトもほとんど無断欠勤のような形になっているのにそこまで長期で休むだなんて度胸、私にはない。

日本を離れる前、桜さんに一応いつまでアメリカにいるかわからないという不透明感ありありの連絡をしておいた。まあ、当然桜さんには「バイトだからって何でも許されると思わないでね」と、低い声で叱責されたのだけど…。

クリスマスにパリに行くっていう旨を伝えたのがつい最近。それで、クリスマス前後の一週間まるまる休みを取らせてもらっていた手前、桜さんの怒りは当然の事だと言えるし、私もつまらないいい訳をするつもりは毛頭ないです。はい。


あっちに一時帰国という感じで帰るか、それとも学校を不登校し続けながらバイトだけは続けるか。

だとしても、それはなんか違うんじゃないかと思う自分がいるし、出来るならば学校に通いたいという思いもある。

パパから、アメリカのハイスクールでも日本国内高校に転校してもいいと言う選択肢も与えられている今、ちゃんと今後の事を考えたいと思っていた。じゃないと、いつまでも中途半端なまま流されて高校生活を送ってしまいそうになるのが、ちょっと怖い。



「だとしても、ちょーっとタイミングが悪いよねぇ…」



病院に行っている為に誰もいないアルと佐江子さんの家で、留守番がてら、むふーっと火の入った暖炉の前にだらしなく寝そべっていると、足音も立てずに歩いて来た真っ黒なにゃんこが私の目の前にちょこんと座った。

この黒ネコはオスなのだけど、人懐こく穏やかな性格をしているので、私が佐江子さんの家に来るだびにこうして甘えてくれる。確か結構な年なはずなんだけど、たまに近所で縄張りを争っているのを見かけたりするのを見る限りでは、飼い主の佐江子さん同様まだまだ若いなーと思ってしまう。

ぐりぐりと頭を撫でたり顎の下なんかをくすぐっていると、ごろごろ喉を鳴らして気持ち良さそうにしているのを見ると、日本にいるナイトの事が恋しくなってきた。



「ぬぅぅ、ナイトぉ…どうしてるかなぁ…ちゃんとご飯食べ…ダイエットさせてるかな、お兄ちゃんたち。」



もう少し太れば、フロントラインの量増やされるんだよね。て言うか、健康のためにも痩せさせないと。


犬のことを考えていたことがわかったのか、今までお腹を見せてごろごろしていたマックス(黒ネコの名前)が急に機嫌を損ねたふうに暖炉の前の自分のベッドへ行ってしまった。

む、しまった。穏やかな性格をしていると言っても、どことなく神経質なマックスに他の子のことは禁句だったな。

慌ててマックスに謝って、なんとか彼の機嫌を直すことに成功するころには既に日が傾きかけていた。



『そうか。日曜日までには……』


『うん。日曜日に予定が入ってたことをすっかり忘れてて。それがお母さんたちのお墓参りだから、キャンセルなんて出来ない…と言うか、したくないの。だからそれまでになんとか自分の中で、今までの事とこれからの事を整理したいと思ってるんだけど、なかなかね…』


『一週間後か…それまでにはサエコも退院しているし、私たちはもう大丈夫だよ。何かあったら息子たちが駆けつけるだろうし、近所の人だって気にかけてくれているからね。』



アルと佐江子さんには三人の息子さんがいる。私のハトコ?になるんだけど、一人はアメリカ海軍の結構上の方にいるらしいし、一人はシカゴで弁護士として活躍中、もう一人はシカゴから離れたロスのCSIで働いている。

なんか話で聞くとすごい一家だなと思うんだけど、皆優しくて気さくな人ばかりだ。ちなみに全員結婚していて、お子さんにも恵まれているので佐江子さんも一安心しているようだ。



『そう言えばみんな元気?もう随分と会ってないような気がするけど、もう子供達も全員大きくなったでしょう?』


『そうだなぁ。すっかり孫たちも大きくなってしまってすっかり可愛げが無くなってしまったように見えるけど、それでも可愛いものは可愛いからね。そう言えばヘンリーが……』



アルが楽しそうに孫について話しているのにふんふんと相槌を打ちながら聞いていると、随分と長いこと時間が経っていたようで、すっかり夕食は冷たくなっていた。二人でそれを笑いながら綺麗に平らげた後、私は家へ帰った。

お母さんとお父さんが暮らしたという一軒家は、二人暮らしだったわりに広く、「昔は病院の同僚何人かに部屋を貸していたのよー」とお母さんから聞いた事がある。

私は玄関の明かりを点けて家の戸締りをすると、二階のある部屋へ真っ直ぐに向かった。


きぃ…と少しだけ耳障りな音がするドアを開けた先は当然真っ暗。確かこの辺りにスイッチがあったはず…と手探りで部屋の明かりを点けると、目の前にあるデスクに置かれた写真立てがキラリと光った。

写真立てを手に取って、デスクの椅子に座りながらぼんやりと見るとも無しに見ていると、どこかで犬が遠吠えしている声が聞こえた。



写真に写っていたのは、一組の幸せそうな夫婦。

この家で撮られたであろうその写真の真ん中にはお父さんとお母さん。まだ二人が生きていた頃、生まれたばかりの私を囲んで笑っているソレは、本当に幸せそうだと思う。


お父さんの書斎に置かれたこの写真。

いつも見るたびに思うのは、寂しさと羨ましさ。


なんで私一人だけ残されたの?と勝手に思ったこともある。

自分は確かにパパやお兄ちゃんたちに愛されて大切にされているのにも関わらず、こんな事を思った自分自身に嫌気が差すことも多々あるし、だけど『お父さん』という存在を知り得ない事への歯がゆさも感じられずにはいられない。

先生や翼さんが言う、『千歳先生』と言うのは確かにお父さんのことだけど、それは私の記憶に存在している『神崎千歳』なのかと言うとそうではない気がする。


写真立てを元の位置に戻し、相当数の蔵書がある本棚の中から適当に一冊抜いてパラパラと中をめくって見てみると、どうやらそれは医学書だったらしく難しい学術用語が並んでいた。たまに書き込みされたものなどがあるのを見る限り、多分お父さんが愛用していたんだろうなーと思った。

お母さんがパパと再婚するにあたって、この家を処分しようかと言う話が出たらしい。だけど、パパが「唯のために千歳が関係したものは出来るだけ残しておけ」と言ったようで、結局書斎の蔵書から趣味らしい日本の名城シリーズのプラモデルを含め、そのまま残しているんだそうだ。


お父さんの遺品を遺してくれたのは嬉しいけど、正直こんなにも残してくれなくてもいいと思う。

日本史に興味がない私なのに、こんなプラモデルの城とか遺されても…。



「いっそのこと先生にあげようかな…そっちの方が城も喜ぶんじゃないのかな…」



なんて事を考えながら医学書をめくっていると、パサリと下に何かが落ちた。



「んー?なにこれ、手紙(エアメール)?でも宛名が書かれてないなぁ……この厚さだと結構枚数がありそうな…」



随分と古そうな封筒をデスク下から取り上げ、ようよう見てみると宛名が書かれていない手紙だった。薄っぺらい感じでもないので、多分これから宛名を書いて投函しようとしていたのではないかと思われる。

とりあえず封がされていなかったので、封筒の中から便箋を取り出してみた。



「…なにこれ。二通?一つが四枚づつだなぁ。えーっと…ってこれ日本語で書いてるじゃん。この字は、お父さん?」



お父さんの字で書かれたその手紙の差出人。


それは一行目に書かれた名前で判明する。




【遠藤亨へ】




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