第一〇八話
キース・ケネディっていう人と、桐生総一郎…つまりパパだけど。
実は仲が悪い。
どのくらい悪いかっていうと。
『いやあ、あのいけ好かない色男が可愛い僕のユイの隣にいない。それだけで実に清々しい気分だな!ヤツはシカゴにいるのか?いない?そうか、それはよかった!!』
白い歯を光らせながらにかっと笑って、こんな感じで爽快そうに言う。
ちなみに、キースに会いたいんだよねとぽつりと漏らした私がパパから言われた台詞はこうだ。
「あいつに会うのだけは止めとけ。心臓にしか興味がない変人になるぞ。」
けっと吐き捨てるように言ったパパに横顔は、『キースなんていう男は大嫌いだ』って張り紙がしててもおかしくないほどの嫌悪感に満ち満ちていた。
今回は顔を合わせずにすんだけど、たまに二人鉢合わせするとお互いの貶しあい合戦になってしまう。なまじ私がそこにいようもんなら、間を取り成すのがものすごく大変だったりする。挟まれた私の立場になってよ、二人とも…
しかし、なんでそうお互いに嫌い合っているのか。なんでもお母さんが関係しているらしいんだけど、よくわからない。もちろんパパもキースも教えてくれないし、昔お母さんに聞いてみたところで『お母さんもよくわからないのよねー』と苦笑しながら答えられたものだ。
駄目元でお兄ちゃん達に聞いてみたら、よくわからない答えが帰って来た。
「キースと父さんがどうして仲が悪いか?」
「ああ、あれでしょ?同属嫌悪。お互いのテリトリー守ってる感じの。」
「……キースは結婚と離婚繰り返してるからな…惚れっぽいのか、燃え上がりやすい体質なのか…まあいずれにしても、父さんと馬が合うわけないよなぁ。」
「でもま、本音を言えば祥子ママの取り合いで、なんじゃない?どっちも譲らなそうだもの。」
「そうそう。実際、イタリアにいた父さんよりも一緒の職場にいたキースの方が距離的に近かったんだけどねー。なんでかうちの父さんに軍配が上がったんだよね。そこの所、ちょーっとツメが甘いよ、キースってばさ。」
「パパのことよ。なんか強引な手でも使ったんじゃないのぉ?」
「…あながち否定出来ないのが困ったもんだね…でもまあ、祥子さんも千歳おじさんの親友っていうカテゴリーがあったからこそ、拒否しそうなものだけど…全く、男女のことはよくわからないな。」
「お兄ちゃんはそもそも恋愛音痴なのよ。」
小さい頃に聞いたのはこんな感じ。その当時も意味がわからなかったんだけど、今もなおよくわからない。
ま、心底お互いを嫌っているかと言ったらそうでもないかもしれないんだけど…まあ、大人には詳しく説明できないことぐらいあるかーと、今ではそう思っている。
『ユイはいつまでこっちにいるんだ?日本の学校はこんな中途半端な時期に休みなのか?』
聞かれると思った。
『…本当はまだ冬季の休みじゃないんだ。ちょっとね…あっちの学校で色々あってね…』
『そうなのか?大丈夫か?』
『うん、とりあえず、なんとかね。』
『そうか……でも、あれなんだよな。大学はこっちのメディカルスクールを考えてるんだろう?だったら日本の高校じゃなくても、アメリカのハイスクールに通ってもいいんじゃないか?そっちの方が楽だろうに。』
そう。
私の進路の第一志望は、アメリカのメディカルスクール。日本で言う、大学の医学部だ。
このまま日本の高校からアメリカの大学に進学するっていうのも出来るけど、留学っていうものになるのを考えると、やっぱりこっちの高校に編入した方がいいのかなって考えなかったわけではない。実際、高校選択の時、アメリカに帰ろうかとも思ったくらいだ。
その頃はお母さんが亡くなったショックでいろいろと考えられなかったけど、なぜか高校の進学についてだけは冷静に考えられた。佐江子さんに私の後見人を頼んで、授業料はお父さんの生命保険を私の学資として運用させているので大丈夫だし…といろいろと考えたんだけど、当時の中学校の進路の先生に、もう一度よくパパと話し合って考え直すようにと言われ、再考。勿論パパはアメリカ行きを大反対し、結果高校卒業までは日本にいると約束した。
大学はアメリカの大学を選択してもいいけど、やはり日本の大学も考えておくように。と釘をさされて、だけど。
『それも考えてるんだけどね。まあ、あと少し悩んでから決めようと思ってるんだ。こっちにくるにしろ何にしろ、一度日本に戻らないといけないし…って、あれ……?』
『どうした?』
『キース、今日って何日だっけ…?』
『十二月四日だが。』
『…………なんか忘れてるような………』
うーん。何だっけ…?なんか結構大事な事だったと思うんだけど…
必死に思い出そうとしている私を見てキースも首を捻っていたけれど、すぐに緊急で呼び出されてしまったので、その件を思い出すのはあとにしておいた。
キースと別れた後、佐江子さんの担当ドクターに退院出来る日を聞いてみたところ、二、三日中には退院出来るとのことだった。短い入院ですんだことにほっとして、それをアルバートに伝え、私は一足先に家へ帰った。
「あ!!」
忘れていた件を思い出したのは、お風呂に入っている時だった。
「そうだ…お墓参り…!」
先生と翼さんと、お母さんとお父さんのお墓参りに行かないといけないんだった!
確か約束していた日は十二月の第二日曜日。…って言う事は、来週!?