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第一〇七話

シカゴに来てからの日常は、アルバートとの朝食から始まる。佐江子さんが入院している間だけ自宅に一人きりになってしまうアルバートを訪ねて行くのだけど、その家とアル達の家の短い距離を散歩がてら歩いて行くのは気持ちがいい。と言っても寒さ対策はしっかりしていないと、いくら短い距離だと言っても馬鹿にできないくらいに寒い。だから持ってきたマフラーと渡米直前に買ったダウンで完全装備。


今日は快晴。はーっと白い息を吐いて、お昼にはあったかくなるといいなぁと思いながら、ナイトと一緒に散歩したら気持ちいいだろうなぁと思う。

ナイトを連れて来たかったんだけど、さすがに長時間飛行機乗せるのは可哀想だし、佐江子さんの家のにゃんこを驚かせても気の毒だしね。



『おはよう、アルバート。今日も寒いね。』


『やあ、おはよう。あの子達も寒がって暖炉の前から動こうとしないんだよ。』


『本当?あらららー、本当だ。もうご飯食べた?』


『いや、まだなんだ。今から僕達が食べる朝食を僕が用意するから、ユイは彼らのエサをやってくれるかい?』


『はーい。』



彼らというのは佐江子さんとアルバートが飼っている三匹のネコの事。おっとりとした性格だけど、しっかりと他のみんなを護ってるオスのボスが一匹と、おばあちゃん(十四歳)な子とやんちゃ盛りをようやく過ぎた五歳のメスが二匹。

ボスの子は人懐こい性格もしているので私がこの家に来るたびに寄ってきてくれるんだけど、さすがに寒いからか、私が寄っても目線を上げるだけで暖炉の前から動こうとしない。そんな彼等にエサを与えて、その様子を眺めていた。大小さまざまなにゃんこがカツカツとエサを食べているのを目を細めて見ていると、ボスがすりーと足に擦り寄ってきた。

ふわぁぁ、可愛い…。顎の下を擦ってやると、ゴロゴロと喉を鳴らしている黒ネコに再びきゅんきゅんしながら、アルバートに名前を呼ばれた。


今日の朝食はトーストにスクランブルエッグとベーコン。うん、あめりかーんな感じな。

用意してくれたものを残すなんて失礼なことはしないけど、そろそろ日本食が恋しくなって来た。さすがに家で作って一人で食べるものは日系スーパーなどで買い物をしているけど、やっぱりちょっと値段が高いんだよね。うぬぬ、納豆食べたい…いや、あるんだけどさ。



『今日は病院に行くのかい?』


『うん、そろそろ退院する頃でしょ?だからこまごましたもの持って帰ってこようと思ってね。あと、佐江子さんのお見舞いついでに、会っておきたい人がいて…』


『会っておきたい人とは、ドクター・ケネディの事かな?』



アルバートは年相応な皺が刻まれた顔をにこりと微笑ませて、お茶目にグリーンの片目を瞑ってみせた。それに笑んで肯定してみせた。

本当なら佐江子さんが入院している病院に初めに行った時に会えればよかったんだけど、さすがに全米屈指の心臓外科医なキースは多忙を極めているらしい。私が訪ねたときは生憎マイアミに患者が待っていたらしく、シカゴを発ったばかりだった。それが今日帰って来るらしいと聞いたので、一目でも会えたらいいなぁと思っていたのだ。


食べ終わった食器を私が片付けて一息つくと、アルバートがガレージから車を出す準備をしていたので、ネコを撫でていってきますと声をかけた。にゃーと鳴いてくれたのはご愛嬌だろう。



「おはよう、佐江子さん。」


『おはよう、サエコ。具合はどうだい?』


『あら、おはよう。なんだ、あんたまだ日本に帰ってなかったのかい。さっさとあっちに帰りな!』



ぐぬぬぬ。ご挨拶だな、佐江子さんめ。

こんなのはいつもの事だけど、やっぱり顔が引きつっちゃうよね。その隣で困った顔で微笑んでいるアルも心無しか居たたまれなさそうだし。


佐江子さんは、お母さんのお母さん…私のお祖母ちゃんのお姉さん。つまるところ、私の大伯母ということになる。

佐江子さんがアメリカに来たのは戦後らしい。なんでも、佐江子さんが日本にいたころに米兵として日本に赴任していたアルに一目惚れされて、猛アタックされたんだそうだ。その猛攻に佐江子さんの毒舌で切り崩していたのだけれど、何度倒されてもめげないアルに頑迷な佐江子さんも最終的にほだされた…らしい。

昔お母さんが言っていた事なので、嘘か真か判断出来ない。のだけれど、直に聞くには私のハートが弱すぎる。私はアルみたいに打たれ強くない…口悪すぎ、佐江子さん…。



「あたしゃもうこんなところ飽きたよ!いつ退院になるんだい、唯!」


「もうそろそろだと思うよ。お医者さんからは何も言われてないの?」


「あんなヤブ医者!何時間も待たされた挙句に、ちゃっと見てさっさといなくなりやがったよ。」


「それでも手術してくれたんでしょう?そんな事言っちゃ駄目だよ。」


「ふんっ!」



…ふう。そっぽを向いて口噤むなんて、ワガママな子供みたいだなぁ。

このまま話してても埒があかないし担当の整形の医師を探して聞いてみようかな。たまに診にきてくれるレジデントっぽい人でもいいしね。

少し出てくるねと二人に言い残し、そのまま病室を後にした。


えーっと、受付受付…

あ、ここか。カルテ書きをしている人を捕まえて聞いてみる。



『すみません、ミセス・クーロスの担当のドクターは今どこにいらっしゃいますか?』


『ミセス・クーロスの担当医のドクター・グリーンは今手術中だけど…って、あなた彼女のお孫さん?小学生が一人で出歩いちゃ駄目じゃないの。』


『や、いえ、あの。私小学生じゃ…』


『病室に一緒に行きましょうか?今、看護士呼んで来るわね!』



ぐっ、またか!!しかも小学生って!!

自分は高校生だって誤解を解こうとしているのに、今にも看護士を呼びとめようとしている医師を慌てて止めようとしていると、誰かが吹き出した。



『その子、そんな背格好だけど立派に日本で高校生してるんだ。』


『え!?本当ですか!?』


『小さいところは彼女の母親に似たんだな。』



私を挟んで、目の前の医師が後ろの誰かと会話している。聞きなれた、でも懐かしい低い声が聞こえてきたので振り向いてみると、まず目に飛び込んで来たのは真っ白な白衣と紺色の手術着。目線を上げると、碧い目と短い金髪のドクターが立っていた。



『やあ、こんにちは。小さいお姫様。相変わらず小さいな!元気だったか!?』


『キース!!』



久しぶりに見た懐かしい顔に、思わずきゃーとキースに飛びついて、ハグしあった。

んー、やっぱりキースって筋肉質!しかも小さいって、余計。

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