第103話
来たばかりだと言うのにも関わらずもう若干帰りたくなっている俺を差し置き、桐生さんのシスコンぶりに始めこそ少しばかり引いた悠生。
が、元来人見知りしない性格なのか場が白けるような事にはならず、緊張しながらもだが桐生さんにあれこれと聞き始めた。まあ、元々ミーハーなのもあるんだろうが、初対面だと言うのにそれを感じさせないほど距離感が近くなっている。その親密さたるや、大学の先輩後輩である俺を凌ぐほどではないだろうか。
すっげぇフレンドリー…悠生のその手腕に少し脱帽する。
とは言え、その親密さを作った一因はほとんど美奈の事についてだったが。
おい、神崎はいいのか。お前の神崎ちゃんは。と俺は心の中で突っ込むものの、口にするはずも無いので当然二人は美奈の事についても盛り上がっている。
何せ桐生さんは神崎ほどではないが、美奈にも大概シスコン気味だと思う。それを打ち消しているのが神崎へのあの半端無い溺愛ぶりなわけだけど。
「えー?じゃあ美奈…さんって料理しないんですか?意外だなぁ。凝ったレシピとか持ってそうなのに。」
「『しない』んじゃない。『出来ない』んだ。一回だけ作った事あるんだけど、僕は一口で止めたね。確か市販されてるカルボナーラのレトルトに一味加えて美味しくしたって意気揚々と僕に食べさせたんだけど…何を一味加えたのか、出来たソースを不味くするんだから相当じゃない?そんな事もあって、美奈は食べる専門。って言っても職業柄、食べる物に気使ってるから食品栄養学の学位は持ってるはずだけどね。」
「マジですか!?」
いいのか、そんなに個人情報をペラペラと話して。
心配する俺に引き換え、男二人が談笑しているのを注文品を持ってきた店員が何事かと伺っている。俺は美奈に興味がないのでこの話題はスルーをするしかなく、アルコールに逃げることも出来無いので一通り食いながら相槌程度でしか参加しないようにして、本題を出されるのを待っていた。
だが、桐生さんから出る前に悠生から投下された。しかも爆弾級の威力で。
「あ、そう言えば。吉川どうしてます?」
「…吉川って、父さんが連れて来たあの新人モデルの事?」
「そうそう、彼女うちの生徒なんですけど、桐生総一郎に自分をモデルに使えば神崎ちゃ」
「悠生…!」
俺と違って酒を楽しく飲んでいる悠生は半ば酔っているからか、深くものを考えないで喋りだす。あれだけばかすか飲めばそりゃあ酔うだろう。桐生さんはセーブしているのか、まだ二杯目を空けようかという程度なのに、悠生と来たらすでに四杯目に突入してやがる。元々桐生さんはアルコールに強い人だったので、ビールの二杯ぐらいはなんでもない。
一応ペラペラと喋り出しそうなくらい饒舌な悠生に割って入り、あいつが言いたかった事を途中で止めはしたものの、ここ最近におきた出来事の事情を飲み込めて怒りが湧いたのか、少しばかり顔が赤いような気がする。そして、その赤さはアルコールに起因するものではないだろう。
「ふぅん…なるほどねぇ。道理であんな素人連れて来たわけだ。これで納得言ったよ。今日呼び出したのも、このタイミングでモデルが変更になったり、かと思ったら唯がシカゴに帰ったって言うし。実を言うと、亨が何か知ってるかなと思って今日呼んだんだ。なるほどね、よくわかったよ。」
「………」
「父さんから少しは事情を聞けたけど、そもそも父さんが帰国したのもつい最近なんだよね。だからさ、僕は詳しい話は聞いてないわけ。だから全然わかんないんだよね。」
「………」
「お前等、詳しく、教えてくれるよね?僕に、とてもとてもわかりやすーく、そして簡潔に、何一つ取り零すことがないように。」
にやり。
思わず擬音が付きそうなほどの笑みを浮かべた桐生さんを、どこかで見たような錯覚を覚えた。しかし桐生さん本人は温和な人なので、こんな笑みを浮かべたことなどないはず。だとしたらどこで目にしたのだろう。
デジャヴュ?にしてはやけにリアルな錯覚に囚われるんだが…。
そこまで考えた時、隣に居て同じく蛇に睨まれたカエルよろしく冷や汗をかきながら固まった悠生がぼそりと呟いた。
「ま…魔王子…!」
そりゃああの魔王の息子だもんよ。
……ああ、そうか。親子だもんなぁ。
精悍タイプの桐生総一郎に比べて、美人タイプだと言わざるを得ない桐生さん。
顔の作り的には似ていない父と息子だと思っていたが、こんな時に発する雰囲気はそっくりだ。似てないと思ってもやっぱり親子だな。
などと、変に関心してしまった俺だった。