第十話
今日は肌寒い。
それにどんよりとした天気で、お天気お姉さんによると『今日は午後から強い雨が予想されています。必ず傘を持ってお出かけ下さい。』だそうだ。
寒さ対策でマフラーをして行こう。解す予定のマフラーが暖かい。
「おはよう、綾乃。天気悪いね。」
「おっはー!!傘ばっちり持ってきた…ってあんた凄いクマ!どうしたの?」
「昨日ほとんど寝てない…。」
「は?寝てないって、なんで?」
「昨日ね、お兄ちゃんの日だって言ったじゃない?そこにお姉ちゃんとパパまで加わって。三人がやっと帰ったの夜中の3時…。しかもお兄ちゃん泊まっていったし。」
「さっ…うわ…美奈さんだけじゃなくパパ君まで…それは~…。大変だったね、唯…。」
私の溺愛っぷりを前から知っている綾乃は不憫そうな顔をして私を見ている。はははは…と乾いた笑いをしながら、昨晩の惨事を思い出した。
結局彼氏云々から端を発した喧騒が、お前は如何に可愛らしいか、唯は可愛いのに、自覚が無さすぎて危ない。等々。全く意味不明の事を滔々(とうとう)と力説された。
挙げ句、やっぱり一人暮らしはやめて家に戻っておいでやら、だいたい何で名字まで戻す必要があったんだと散々話し合った事をほじくり返された。
私は名字を『神崎』に戻したと言っても、戸籍はまだ『桐生唯』のままだ。
学校側にはきちんと説明してあるが、父の知り合いであるという理事長と、学担、それと担任しか私が桐生総一郎の義理の娘である事を知らない。
綾乃には話してあるが、他のクラスメイトは、私は『神崎唯』と認識されている。
それは望んだ事だし、別に面倒だとは思わない。
ただそうやって、私はパパやお兄ちゃん達と距離を置こうとしている。
そうしないと駄目なんだ。
これから独りぼっちになっても…
「唯?」
はっと意識を戻すと、綾乃が心配そうな顔をして「あんまり眠いんだったら、保健室行ったら?」と聞いてきたが、「大丈夫。」と首を横に振った。
かなり頑張って三時間目まで授業を受けたが、かなり限界が近い。眠くて眠くて仕方がない。
それもこれもお兄ちゃんのせいだ!!と心の中で理不尽な逆ギレを繰り返す。
あぁ、雨降ってきたな…。本格的に寒くなる前に、新しいマフラー編めてたらいいんだけどなぁ…。
「神崎!!」
いきなり大声で怒鳴られたので、急いで前を見ると、遠藤先生の綺麗な顔が私を不機嫌そうに睨み付けていた。
「お前は昨日も俺に起こされたな。そんなに眠いなら授業受けるな。帰って寝ろ。」
「…すいません…」
小声で謝り、俯く。
よりによって、また遠藤先生…。しかも今日はキツい…。
昨日あんな光景見ちゃったとは言え、ちゃんと授業聞いてるつもりだったのに…。
…ヤバい。泣きそう…。
泣くな…どう言い訳しても私が悪いんだから、泣くな…と必死に涙を堪えた。
チャイムが鳴り、「じゃあここまで。号令。」と号令をするために立とうとした。
その瞬間、ぐるっと目の前が回った。
…やば…貧血…!
ガターン!!と大きな音がする。
甲高い悲鳴と誰かが大声で叫んだような気がしたけれども、私はそのまま意識を手放した。