第101話
神崎がアメリカに行って早いもので、既に一週間。その短いようで長かった一週間の間に、学校内の雰囲気は以前とは確実に変わっている。
いい意味などではく、悪い意味で。
「吉川、すごい事になってますね…」
「ちょっとな…いくらなんでもやりすぎだな、あれは。」
悠生が言う『あれ』と言うのは、週明けから始まった吉川に対する嫌がらせを差している。と言うのも、週が空けた月曜から吉川の下駄箱や机、専用のロッカーに至るまで全ての私物にイタズラされているからだ。
さすがにこれ見よがしにやられている嫌がらせに対し、教師も黙っていられるわけもないし、口頭では注意をしたが結局それだけしか出来ないのが現状。神崎がアメリカに行ってから一週間が経ち、既に十二月に入った今ではもう吉川は学校に来て居ない。にも関わらず、相変わらず吉川のロッカー類は荒らされたままになっている。
怒鳴り込んでくるだろうと思われた吉川の母親も、何故か今回の嫌がらせには一切口を出す気配もない。
そもそも事件については緘口令が引かれた事件のはずなのに、やはり人の口に戸口は立てられないらしい。週を跨いで月曜日からいきなりトップギアで嫌がらせが始まった背景には、金曜日に誰かが故意に漏らしたとしか思えない。
だがあれを知っているのは少数に抑えたはずだし、関わった藤田もおいそれと喋るような子でもないだろう。
「そう言えば篠宮が言ってた、姫会?でしたっけ。あれちょっと調べてみたんですけど、すっげー面白かったですよ。抜け駆け厳禁、足の引っ張り合い禁止、いじめ厳禁、ストーキング厳禁、盗撮厳禁…とか色々。『我等が姫をみんなで暖かい目で見守りましょう』って言うのがコンセプトらしいですね。」
「………」
「中等部から大学部まで、結構な会員数いるみたいで。神崎ちゃんのクラスなんてほとんど姫会会員でしたよ。でも、驚いたのは姫会会員が持ち上がりにもいたんですよ!」
だったら話は変わってくる。
吉川は随分と分の悪い相手に喧嘩を吹っかけた事になったんだな。そんな状況になっている吉川に、少しだけ同情したけれど、可哀想だとは思わなかった。
神崎がアメリカに行く事を決めた前日、義父が来たことに安心したのか、あれだけ泣いていた彼女を見てしまったからにはどうしても神崎寄りになってしまうってもんだろう。しかも、たった二日だと言うにも関わらず、体重が3kgも減った事に桐生さんは仰天。家のキッチンを借りて、食べやすい料理を作って何とか食べさせようとしていたらしい。それでも少量しか口にしたかった神崎が最終的に食ったのは、俺が買って行ったフルーツゼリー。
アメリカにいた頃、離乳食を食べていた小さい唯がご飯を食べるのを嫌がった時に、困った祥子さんがゼリーを食べさせていたのを思い出した俺は、思わずそれを買っていた。あれだけむずかった唯がゼリーを口に運ぶと、嫌がりもせずに残さず全部食べるのだ。
三つ子の魂、じゃないけれど、多分そう言った食の好みは変わっていないはず。なぜかそう確信を持っていた俺は、渡瀬からゼリーを食べていたと言う事を聞いて、ホッと息を付いた。
「なんだかなー…」
「え?何か言いましたか?」
「いや、何でもない。次、お前授業あるんだろ。早いとこ準備して、教室に行っとけよ。」
「おっと、もうそんな時間ですか。じゃ、いってきます!」
慌しく立ち去った悠生を見送った俺はと言うと、今の時間は授業がないので空きになっている。その時間を利用して、次の授業で使う教材などを確認しておこうと思って、立ち上がった。その時、ふと壁に貼ってあるカレンダーに目が行くと、もう一年も一ヶ月だと改めて再確認した。
そう言えば、千歳先生と祥子さんの墓参りはどうなるんだろう。
ぼんやりと思いながら、資料集のページを捲った。