第九十九話
結局パパは夕方近くになっても向かえに来ず、珠緒さんが連絡を入れてみたら?と言うので、切っていた携帯の電源を入れた。一日近く充電していなかったはずの携帯だけど、電源を切っていたためか電池の減りはそう無く、まだ三つ残っている。
残っていたのは電池だけではなく、さっき送った写メの返事と思しきお兄ちゃん達のメールや留守電も残されていて、その沢山の着信通知の中にはパパからの物もあり、『少し遅くなるかもしれない』と入っていた。
何かあったんだろうかと心配したものの、会社関係でと書かれていた内容を見ると急に帰国したことで仕事で問題でも起きたのだろう。なんでもないといいんだけど…と考えながら、パパに終わるまで待ってるとメールを送った。
遠目で様子を伺っていた珠緒さん達にパパは少し遅くなるんだそうだと話していると、ちょうどタイミング良くメールが一通届いた。送信者は綾乃。
『From:綾乃
Sub:大丈夫?
本文:唯、電話にもメールにも出ないからあたしも愛理も、ていうかクラス全員で心配してるよ。特に愛理はもう塞ぎこんじゃってて…だけど唯の方が大変だって言って強がってる。後で愛理にも連絡してあげてね。もちろん、唯が連絡出来るようになってからでいいんだよ。
昨日から何にも音沙汰ないって事は、昨日送ったメールとかも全然見て無いかもしれないってことかもしれないけど、あたしは唯がこれ読むだろうって思ってるから、一応今の状況を書いておくね。
昨日起きた谷野先生絡みの事件を知ってる生徒って言ってもほとんどいない。生徒会や理事長がかなり厳しく緘口令引いてるから、全体を知ってるのって愛理から聞いたあたしとかしか知らない感じ。でも、緘口令引かれるくらいだからって、逆に噂になってる。でもまあ、ほとんどガセの域言うか、ほとんどが出所のわからない情報ばっかりで、なんか笑えるものばっかりだよ。
あと、全然事情を知らない先生達も何が起きたかって詳しくは知らされてないみたい。だから先生達の仲でも噂話程度にしか広まってないっていうのが実情らしい。
さっき唯パパが学校に来て何か言ってたみたいだけど、よくわかんなかった。流石に理事長室までには行けないからさ。でも、帰り際にあたしに気付いた唯パパが『もしかしたらアメリカに連れて行くかもしれない』って言ってた。
どうするの?本当にアメリカに行っちゃうの?アメリカに行くんだったら、一言連絡ちょうだい。』
長々と書かれたメールには、いつも綾乃が使ってくるデコメが全然使われてなくて。それが逆に綾乃の気遣いというか、真剣に考えて打ったんだろうというのをよく表していると思う。
メールを読んで、私は携帯と目を閉じた。
綾乃の言っている、パパが『私をアメリカに連れて行く』と言う言葉をそのまま取る。私がこのまま日本にいたくないと言えば、きっとパパはアメリカに連れて行ってくれる。そしてシカゴに帰り、そのままそこのハイスクールなりに通う事になる。私が目指す将来を考えれば、その方がいいというのは頭ではわかっている。
だけど、高校に入学する際に悩みに悩んで、パパとも話し合いに話し合いを重ねた結果、今現在の私がいるわけで。
どうすればいいかなんて、もうわかんない。
「なにしてんだ、こんな所で。」
「え?…って、あれ、先生。おかえりなさい。」
「ただいま…って、まだ桐生さん来てないのか?」
「あ、はい。さっき少し遅くなるってメールが…。」
ああ…と何かを知っているような先生だったけど、詳しく聞かなかったせいか何も言わず、すたすたとリビングの方へ行ってしまった。
もう先生が帰って来る時間になったんだと思って携帯の時計を見ると、既に生徒の下校時間はおろか、先生達も帰るであろう夜になっていた。そんな時間になっていたのに気付かない私ってどうなの…。とか反省していると、それまで伏せていたナイトがピクリと反応し、そのままエントランスまで行ってしまった。
あ、こら。とちょっと慌てて追いかけると、ちょうど玄関ドアが開き、びっくりして目線を上げた先には同じく驚いたような顔をしたパパが居て。
私と目が合ったパパは、少し疲れた表情をしていたけど相変わらず。そんな相変わらずなパパを見た私は、枯れたと思ってた涙腺がまたしても決壊するなとどこかでぼんやり思った。
出迎えに来ていた渡瀬さんがいらっしゃいませと言う前に、私はパパに勢い良く抱きついた。
非常に難産な回でございました…。なんと次は100話目!
こんなにダラダラな進度でいいのか…!