↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/40

第26話 全部、生きていた

 午前四時十二分、入坑。


 第四十層まで、十六時間。八人は、八日目に入っている。


 坑口の階段の下に、六人が並んでいた。全員、救援隊の腕章をつけている。A級が二人、B級が四人。


「網代さん」


 昨日の指揮官が、そこにいた。


「荷揚げ班です。六台、我々が運びます」


 俺は言葉が出なかった。


 昨日、テントで計画を説明した。三回に分けて六日かかると言った。誰も何も言わなかったので、それで終わったと思っていた。


「三回に分けて六日、と伺いました。それでは間に合いません」


「でも、深いところは」


「回線が伸びれば、我々は降りられます」


 彼は図面を指した。


「あなたが第三十層に据えれば、そこまでは連絡が通る。通ったところまでは、我々が荷物を持って降りられます。あなたは一台だけ背負って先へ行く。据えたら、後ろから次の一台が上がってくる」


 そういうやり方は、考えたことがなかった。


 十五年、全部一人で運んできた。二十五キロが上限で、上限が仕事の量を決める。それが前提だった。


 前提を変えるには、人が要る。人を出してくれるところが、一度もなかった。


「あの」


「はい」


「危ないです。第三十層より下は」


「承知しています」


「回線が通ってないところは、無線が五十メートルしか届きません」


「あなたが通していくんでしょう」


 指揮官はそう言って、腕時計を見た。


「積み替えは、階層ごとにお願いします。うちの人間は、据えられないので」


「それでいいです」


「では、行きます」


   ◇


 第三十層。四日前に、自分で外した場所だ。


 壁の窪みだけが残っている。埃が積もらなかった部分の岩の地が、まだ周りより色が濃い。


 撤去命令は生きている。ここに据え直すのは、命令に反する行為だ。


 俺は据えた。


 迷いはなかった。命令の効力の話は、あとで誰かが判断する。俺が判断できるのは、ここに箱があるかないかだけだ。


 二十二分で緑になった。後ろで、荷揚げ班の誰かが端末を確認して、「入りました」と言った。


 声が上ずっていた。


 八日ぶりに、第三十層に電波が入った。


 第三十一層。四十分。


 据え終わって振り返ると、六人が第三十層の下り口に立っていた。回線が伸びたぶんだけ、降りてきている。


 こういうふうに仕事をしたことが、一度もない。


 据えると、後ろの人間が一階層ぶん降りてこられる。降りてきた人間が、次の一台を持ってくる。持ってきたぶん、また先へ行ける。


 十五年、俺は自分の背中の容量ぶんしか進めなかった。いまは、六人ぶん進める。


 第三十二層の行き止まりで、灯が待っていた。


 彼女はここから先へ行ったことがない。四年、この壁の前で引き返してきた。


「三十三層、位置決めからでしょ」


「はい。三時間見てます」


「じゃあ、五時間」


「三時間です」


「あんたの三時間は五時間なの。四年見てれば分かる」


 反論できなかった。第三十九層のときも、三時間と言って三時間かかったが、あれは腕を休めた三十分を数えていない。


 俺は背嚢を背負い直した。中継機が一台。あとは工具と予備電池だけだ。


「戻ってきて」


 彼女は壁の箱を見たまま言った。AJ-0243。二〇一八年の日付が入っているやつだ。


「作業が終わったら、戻ります」


「そういうことじゃない」


「はい」


 俺は下り口へ歩いた。


 振り返らなかった。振り返ると、たぶん、彼女がどんな顔をしているかを知ることになる。


   ◇


 第三十三層。


 埋まった機体は、南斜坑の下り口から四十メートル、落石の下にある。掘り出せない。岩の重さが数トンあって、俺が動かせるのは二十五キロまでだ。


 迂回の候補は、東の窪み。三年前に書いた。書いたときは測っていない。


 濃度計を出した。0.44。想定より低い。窪みが高い位置にあって、魔素が下へ落ちているからだ。


 位置を決めて、据えて、出力を上げる。上位ノードを呼ぶ。


 応答なし。


 角度を振る。まだない。


 窪みの奥へ二メートル入って、据え直す。外す工程に三分。据え直しに一分半。


 通った。


 二時間四十分。灯の見積のほうが近かった。


 第三十四層。四十五分。


 第三十五層で、捜索隊の残置物を見つけた。空の携行食の袋と、使い捨ての化学発光体が三本。まだ光っている。八時間以内にここを通った人間がいる。


 誰にも会わなかった。連絡が取れないので、通り道が同じでも時間がずれれば会わない。


 この八日間、十八人がそうやって降りていた。互いの位置を知らないまま、同じ暗闇を別々に歩いていた。


 第三十七層。


 予定していた節点が、水没していた。


 通路の低いところに水が溜まっている。膝ではない。腰まである。この階層は上から水が落ちてくるので、七月の雨のあとは水位が上がる。上がることは知っていた。ここまで上がるのは初めてだ。


 水中に据えても通らない。筐体は防水だが、水は電波を食う。


 予定位置を捨てる。


 濃度計を持って、通路を三本歩いた。北の枝坑は行き止まりで、上位ノードから角度が取れない。東は距離が遠い。


 三本目、下り口の脇の岩棚。床から二メートル。水は来ていない。上位ノードまでの直線に、瓦礫の張り出しが一つある。


 張り出しの上を通せるかどうかは、測らないと分からない。測る道具は持っている。


 角度を計算して、据えた。


 通った。


 一時間十分かかった。腰まで水に浸かって三本歩いたので、下半身の感覚が鈍い。


 この場所は、図面に書いていない。俺のノートにも書いていない。歩いて、測って、いま決めた場所だ。


 十五年、こういうことを何度もやってきた。予定した位置が使えないことは、二割くらいの確率で起きる。そのとき何を見て代わりを決めるかは、手順書に書けない。書こうとして、三回やめた。


 書けないものが人命に関わるのは、今日が初めてだ。


 第三十九層。六台目。


 据えて、日付を書いた。


 2026.8.5


 手持ちが尽きた。


   ◇


 第四十層の手前まで来たのは、八月五日の午前二時過ぎだった。


 二十二時間、寝ていない。


 荷揚げ班は第三十七層で止めてもらった。ここから先は上位ノードが繋がるまで圏外で、俺が据えるまでは彼らも連絡が取れない。六人を圏外に立たせておく理由がない。


 食べたのは行動食を三回。水は通路の湧水を濾した。据えている時間の合計は五時間ほどで、残りの十七時間、俺はただの三十六歳の男として歩いていた。


 第四十層の節点には、機体が一台ある。


 AJ-0388。二〇二二年に据えて、六月に電池を替えた。


 替えたはずだった。


 蓋を開けて、残量を見た。


 ゼロ。


 六月に替えたのは第四十層で合っている。だが、あの日は右肩が上がらなくて、体をねじって左手で作業した。差し込みが甘かったのか、それとも接点の拭き残しか。


 どちらでもいい。いま、ここは死んでいる。


 背嚢を下ろした。


 予備電池は三本ある。中継機用が一本と、ヘッドランプ用が二本。


 中継機用の一本を入れた。ランプが点かない。電圧が足りない。長く空だったせいで、内部の回路が起きない。


 ヘッドランプ用を一本、直列に足した。


 起きた。橙。まだ緑にならない。


 もう一本入れた。


 これで、俺の照明はなくなる。頭のランプに入っている分だけになる。残量は四割。第四十層から地上まで十六時間で、四割は保たない。


 最後の三層か四層は、暗闇で這うことになる。


 入れた。


 ランプが緑になった。


 端末を出して、疎通を確認する。第三十九層、第三十七層、第三十四層、第三十三層、第三十二層、第三十一層、第三十層。


 全部、通っている。


 地上まで、繋がった。


 三秒ほど、何も起きなかった。


 それから、端末の画面が切り替わった。第四十層の圏内に入った端末が、順番に応答を返してくる。


 識別信号が一つ。二つ。四つ。


 六つ。七つ。


 八つ。


 端末に、八つの識別信号が並んだ。


 全部、生きていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。