第十四章 ポイントカード革命——顧客囲い込み戦略
異端審問官ヴァルターとの面会は、店の奥の部屋で行われた。
リーネは、外で客の対応を続けている。健太は一人で、ヴァルターと向き合った。
「単刀直入に聞きましょう」
ヴァルターは、冷たい目で健太を見据えた。
「あなたは、魔法を使わずに病気を治すそうですね」
「治すと言うより、症状を和らげると言った方が正確です」
「しかし、結果的に病気が治ることもある」
「場合によっては」
「それは、神の奇跡に挑戦することではありませんか?」
健太は、慎重に言葉を選んだ。
「私は、神を否定していません。病気を治す力は、神から与えられたものだと思います。私がしているのは、その力を——薬草や知識という形で——活用しているだけです」
「詭弁ですね」
ヴァルターの声が、鋭くなった。
「聖教会は、魔法による治療のみを認めています。魔法は、神から与えられた力。それ以外の方法で病を癒すことは、自然の摂理に反する行為です」
「しかし、魔法薬は高価です。庶民には手が届きません。彼らは——」
「それは、神の試練です」
ヴァルターの言葉は、容赦なかった。
「病は、魂を清めるために与えられるもの。安易に治すことは、神の意志に反します」
健太は、拳を握りしめた。
——こいつは、本気で言っている。
宗教的な狂信。論理ではなく、信仰で動く人間。
こういう相手との議論は、不毛だ。
「……何をお望みですか」
「今日は、警告に来ました」
ヴァルターは立ち上がった。
「あなたの行為は、異端の疑いがあります。今後、聖教会は注視を続けます。問題が発覚した場合——」
彼の目が、冷たく光った。
「——相応の措置を取ることになります」
ヴァルターが去った後、健太は深くため息をついた。
「聞いていました」
リーネが、部屋に入ってきた。
「大丈夫ですか、店長さん」
「大丈夫……じゃないな。正直、厄介なことになった」
「異端審問……」
リーネの顔が、青ざめていた。
「異端と認定されれば、財産没収、投獄、最悪の場合は——」
「分かってる」
健太は、リーネの肩に手を置いた。
「でも、今は動じるな。相手の狙いは、俺たちを怖がらせることだ。ここで引いたら、向こうの思うつぼだ」
「でも——」
「今のところ、具体的な告発はされていない。『注視する』と言っただけだ。まだ、猶予はある」
健太は、窓の外を見た。
「その間に、味方を増やす。庶民の支持があれば、簡単には手出しできなくなる」
健太は、さらに積極的な戦略を打ち出した。
「健康教室」の開催だった。
店の前の広場で、定期的に無料の健康講座を開く。手洗いの方法、食事の注意点、季節ごとの健康管理。
最初は、人が集まるか不安だった。
しかし、蓋を開けてみれば、予想以上の盛況だった。
「なるほど、手を洗うだけで病気を防げるのか」
「水を沸かしてから飲む。簡単なことなのに、知らなかった」
「子供が風邪を引きやすいのは、睡眠が足りないからなのか」
庶民たちは、熱心に話を聞いた。
彼らの多くは、基本的な衛生知識すら持っていなかった。それを知るだけで、健康状態は大きく改善する。
「これが、予防医学ってやつか」
健康教室に参加した男が、感心したように言った。
「薬屋なのに、病気にならない方法を教えてくれるなんて。変わった店だな」
「病気になったら薬を売る。病気にならなければ売れない。普通の商売なら、病気を増やした方が儲かるだろうに」
「でも、ここの店主は違うらしい。本気で、俺たちの健康を考えてるんだ」
そういった評判が、口コミで広がっていった。
ポイントカード制度も、予想以上に好評だった。
庶民にとって、「ポイントが貯まる」という仕組みは斬新だった。
「買い物をするたびに、印が増えていくんだ」
「印が十個貯まると、特典がもらえる。石鹸とか、消毒液とか」
「なんだか、得した気分になるね」
ポイントカードは、単なる販促ツールではなかった。
健太にとっては、顧客データを蓄積する手段でもあった。
誰が、いつ、何を買ったか。それを記録することで、需要を予測できる。在庫管理が効率化し、品切れを防げる。
「店長さん、すごいです」
リーネが、顧客台帳を整理しながら言った。
「こんなに細かく記録を取るなんて、考えたこともありませんでした」
「情報は力だ。お客さんのことを知れば知るほど、より良いサービスができる」
「でも、これだけの記録を管理するのは、大変ですね……」
「今は手作業だけど、いずれは仕組み化したい。誰でも同じように管理できるように」
健太の頭の中には、すでに次の構想があった。
マニュアル化。標準化。システム化。
それができれば、店舗を増やすことも可能になる。
開店から一ヶ月が経った。
王都店は、確実に根付きつつあった。
来店客数は、日に百人を超える日も珍しくなくなった。売上は安定し、在庫の補充も軌道に乗り始めた。
しかし、問題も山積していた。
まず、人手が足りない。健太とリーネの二人だけでは、限界が見えてきた。
次に、競合の妨害。ギルドの価格攻勢は続いており、さらに——
「店長、また嫌がらせだ」
ある朝、リーネが報告に来た。
「店の前に、汚物が撒かれていました」
「……また、か」
こういった嫌がらせは、週に何度か起きていた。汚物、落書き、窓への投石。直接的な暴力はないものの、陰湿な攻撃が続いている。
そして——異端審問官の影。
ヴァルターは、その後も何度か店に現れた。何も言わずに、ただ見ている。それだけで、十分な威圧になった。
「包囲されている感じだな」
健太は、夜の店内で呟いた。
「ギルドと、教会。二つの敵に囲まれている」
「どうしますか」
「戦い続けるしかない。でも——」
健太は、地図を広げた。
「——攻め方を変える時期かもしれない」
「攻め方?」
「今まで、俺たちは『守り』に回ってきた。攻撃されて、対処して、また攻撃されて。それじゃ、いつまでも終わらない」
健太の目が、鋭くなった。
「こっちから仕掛ける。敵の土俵じゃなく、俺たちの土俵で戦う」
翌日、健太はセラフィーナ姫に面会を申し込んだ。
「お呼びですか?」
姫は、王宮の一室で健太を迎えた。
「はい。お願いがあって参りました」
「弟の具合は、順調に回復しています。あなたのおかげです。何でもおっしゃってください」
「ありがとうございます。実は——」
健太は、現状を説明した。ギルドの妨害。異端審問官の介入。二正面作戦を強いられている状況。
「難しい立場ですね」
姫の表情が、曇った。
「ロッソ卿は、宮廷にも影響力を持っています。教会も、国政に口を出す力があります。私の立場では——」
「直接的な支援は求めていません」
健太は言った。
「お願いしたいのは、情報です」
「情報?」
「ギルドと教会の動向。彼らが次に何を仕掛けてくるか、事前に知りたいのです」
姫は、しばらく考え込んだ。
「……分かりました。私の耳に入る範囲で、情報をお伝えします」
「ありがとうございます」
「ただし、条件があります」
「何でしょう」
「私に、薬の知識を教えてください」
健太は、少し驚いた。
「姫様が、ですか?」
「はい。弟を救っていただいてから、私も医術に興味を持ちました。王女として、民の健康を守ることに貢献したい」
その目には、真剣な光があった。
「もちろん、王宮を抜け出すことはできませんが、書物や、あなたの話から学ぶことはできます」
健太は、微笑んだ。
「喜んでお教えします。姫様」
こうして、新たな同盟が生まれた。
セラフィーナ姫という、宮廷内部に通じる協力者。
彼女の情報は、やがて大きな力になる。
しかし、それはまだ先の話だった。
今は——嵐の前の静けさ。
本当の戦いは、これから始まろうとしていた。




