第8話 初めてじゃなければいい
東京まで来てくれた麗華を新幹線のホームまで見送った帰り道、下宿の最寄駅で見慣れた小柄なシルエットを見つけた。
「あっ!莉子じゃん。バイトからの帰り?お疲れ~。」
「うん。もうくたくただよ~。」
実は、高校の同級生である本山莉子も同じ大学に進学していた。しかも下宿の最寄駅も一緒。
同じ高校から同じ大学に進んだのは二人だけだったし、お互い東京での生活に不安だったので、進学当初から顔を見れば声を掛け合い、困ったら頼り頼られ、またよく誘い合って一緒にご飯を食べたりしながら、うどんの汁黒いね、東京怖いねって愚痴をこぼしたりして距離を縮めて・・・・あの高校3年生の頃の微妙な空気の関係がまるで嘘のように仲良くなった。
「亮はどうしたの?そんなラフな格好でお出かけ?」
「ああ、うん・・・麗華を見送りにいってたんだ。」
「あ~っ、今週は向こうがこっちに来る番か~。しかしよく続くね~!うらやましいよ~。」
仲良しの莉子には、麗華との関係も包み隠さず話している。
もともと高校のクラスでも公認カップルだったわけだし、特に隠すこともない。
「あれ?ちょっと暗くない?彼女と離れて寂しくなった?」
一瞬だけ顔に暗い翳が差してしまったのだろうか。急に莉子が怪訝そうな表情になった。
「いや・・・そうじゃないけど・・・。」
「ふ~ん・・・。あのさ、私、バイトでお腹空いたから、マックでポテトでも食べようよ。」
「あっ、うん。いいよ。」
莉子の性格はよくわかっている。こんな夜に本当にポテト食べたいなんてことはないだろう。
きっと僕の様子を見て元気づけようとしてくれているのか、話を聞いてくれようとしているのか・・・。
そんな莉子の気遣いが嬉しくて、お腹は空いてなかったけど、一緒に駅前のお店に入った。
「・・・・つまり、また元カレの影を感じちゃったってこと?相変わらずめめしいこと言ってんね~。」
最初に莉子に相談した時、さすがに麗華が何度もタイムリープして人生をループし、パラレルワールドで何人もの僕と交際しているなんて、とても信じてもらえないと思った。
だから、シチュエーションは同じまま、他の『亮くん』を元カレっぽく説明してしまった。そのため、彼女の中では、僕は彼女の元カレを気にする情けない男として定着してしまっている。
「それは確かにそうなんだけど・・・。さっきも、舞浜のテーマパークに行こうって話をしたんだけど、彼女はもう行ったことある口ぶりで・・・。」
おずおずとそう言いながらも、きっとまた「贅沢言ってんじゃないよ。彼氏がいたこともいない私へののろけか?」とか、「過去なんか気にしないでもっと今を楽しめよ」とか言われるんだろうな・・・と思って身構えていると、彼女の口から出た言葉は意外なものだった。
「あ~っ、ちょっとわかるかも。私もあそこに初めて行く時は好きな人と・・・って思ってるし、相手が行ったことあると気になるよね~。」
「えっ?わかってくれるの?」
「うん・・・。ずっと夢見てた場所で、自分はもちろん見るものすべて初めてだけど、相手は『ここってあの人と来たよな~』とか、『ああ、あの時はこうだったよな~』って思ってたりするとちょっと悲しくなるよね・・・。」
ポテトをつまみながら、窓から駅前をぼんやりと見つめる莉子は、無表情で、どんな感情でこんなことを言っているのかよくわからない。
でも僕が思っていることをちゃんとわかってくれてる。
「うん・・・。前の人と比べてちゃんとできてるかなとか、前の方が楽しかったと思ってないかなと不安になっちゃって・・・。」
「そうそう。初めてを同じ目線で無邪気に楽しみたかったのに、他の人と経験済みだったら、そんな気持ちになれないよね・・・。」
彼女は外を見たまま、フッと、笑いとも、ため息ともつかない息を漏らす。
「っていうか、城ケ崎さんすごいね。亮と付き合う前ってことは高校生の頃でしょ?その頃もう元カレと東京まで遊びに来てたんだ~。それは気になっちゃうのわかるわ~!!」
「ああ、うん・・・。そういえば、来週、学祭あるじゃん。莉子はサークルで出店するんでしょ?準備大変じゃない?」
これ以上突っ込まれると変な誤解を受けるかも。ちょっと強引だけど話を逸らそう。
「・・・・・・。」
「・・・莉子?」
僕の声が届かなかったのか、莉子は窓の外を見たまま黙ってしまった。口にはポテトをくわえたままだ。
「・・・・あのさ、思ったんだけど、亮だけが初めてだから気になるんじゃないかな。亮も誰か他の人と行ったことあれば、そんなもやもやしないんじゃない?」
「それはそうかもしれないけど・・・。」
「じゃあさ、私と先に舞浜に行っちゃおうよ。来週、学祭で休みがあるし、そこで・・・。」
莉子は相変わらず窓から外を見続けたままだった。
たしかに・・・あらかじめ予習しておけば麗華が好きそうな場所とか、休憩できそうな場所も把握できるだろうし、段取り良く麗華を楽しませることができるかもしれない。
そう思い、僕は莉子の誘いに乗ることにした。




