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第7話 遠距離

高校3年生の3月、卒業も間近になった。


「亮くんは、いつも必ずどこかしらの大学には合格する。」


そんな麗華の言葉通り、僕はいくつも大学に合格した。


だけど、一つだけ想定外のことがあった。記念受験のつもりだった東京の名門私立大学に合格してしまったのだ。


両親は狂喜していたし、担任の先生とともに、ぜひその大学に進学すべきだと強く勧めてきた。

だけど、僕は麗華がいたし、別に合格していた京都の私立大学に進学するつもりだった。

麗華に相談するまでは・・・。


「ふふっ!亮くんの受験が終わって、やっと一緒に遊びに行けるね!うれしいなっ!!」


大学受験が終わり、合格発表と不合格発表が出そろったこの日、久々にカフェで会った麗華は上機嫌だった。


「覚えてるよね?卒業したら・・・・キスよりもっと先に進むって約束。卒業式の日に神戸のホテル予約しちゃった~。見てみて~!前に行ったことあるんだけど、ジャグジーが素敵なんだよ~!!」


楽しそうにはしゃぎながらスマホでホテルの画像を見せて来た麗華を前に、僕は表情を引き締める。


「あの、相談したいことがあるんだ・・・。」


「・・・ごめん、もしかして私、間違えちゃった?いきなりホテルとか予約しちゃって・・・。」


僕の厳しい表情から何かを察したのか、急に不安そうになる麗華。


「ううん、それは嬉しい。相談したいのは大学のことなんだ。どこの大学に進学するかって話。」


「ああ、亮くんは関関同立全部合格したもんね。すごいよね~。私としては~。私の大学に近い京都の大学を選んで欲しいけど~。亮くんの大切な将来がかかってるんだもん。亮くんの思う通り選べばいいよ~。」


麗華はホッとした表情になり、頬杖をつきながらニコニコ笑いかけてくる。


「・・・実はもう一校受かったんだ・・・。」


「えっ?どこどこ?」


「慶応・・・・。」


その瞬間、麗華の目が真ん丸になり、息を飲んだ。


「すご~い!やっぱり、今回の亮くんて頭いいんだ~。これまでに慶応に受かった亮くんっていなかったよ!彼氏が慶応に合格するなんて、私も鼻が高いよ~・・・って、あれ?慶応って、京都にも大阪にもないよね・・・。」


「うん・・・キャンパスは横浜と東京・・・。」


麗華の表情がみるみる曇っていく。


「ええっ~、東京に行っちゃうなんて寂しいよ~・・・。」


不安そうな麗華の顔を見ながら考えていた。

実は僕は慶応に進学することを決めたわけじゃない。地元に残る麗華と離れるのは辛い。

悩み抜いたけど自分では決めきれなかった。


だから・・・麗華が引き留めてくれたら地元に残って麗華と一緒に京都の大学に通うことにする。

麗華は絶対に引き留めてくるだろうと思いながら・・・。


しかし、麗華は、一瞬何かを考えた後ハッと気づいたような表情をした。


「東京に行っちゃうの寂しい・・・。だけど亮くんの将来がかかってるんだもん。私、我慢する。」


えっ、ええ~っ!!引き留めてくれないの~!?

それは想定外だ!!


「い、いや・・・まだ決めてなくて・・・。麗華もいるし、地元に残って京都の大学に通うのもあるかな~って・・・」


こうなってくると麗華を置いて東京に行くのが急に不安になってきた。

でも、麗華はそんな優柔不断で日和った僕を許してはくれなかった。


「大丈夫!私のことは心配しないで!遠距離で頑張るから!何より亮くんの将来が大事だよ!4年間寂しいけど、頑張ろうね!!」


「あっ、うん・・・。」


すっかり麗華の中では、僕が東京に行ってしまうことが決まってしまったようだ。

こぶしを握りしめながら力強く励ましてくれる。


でも・・・麗華と離れるのは嫌だな・・・やっぱり京都の大学に行くって言おう・・・。

そう心に決めた瞬間だった。


「これまでの亮くんはみんな地元の大学に通ってたから・・・。東京と滋賀で遠距離恋愛なんて初めての経験だよ~。大丈夫かな~?」


彼女の不安そうな眼差しを受け止めながらも、耳に入って来た「初めての経験」という言葉が僕の心に深く刺さった。


そうだ・・・。地元にいたら、ここから先どこに行っても、「前の亮くん」の影につきまとわれる。

どこに遊びに行っても、どこでご飯を食べても何をしても、「前に亮くんと来たな~」とか思われてしまう。


だけど、僕が東京の大学へ行ったらどうだろう・・・。


まだ「亮くん」と行ったことのない場所で、麗華と二人で新しい経験を積み上げられるかもしれない。

それなら比べられず、のびのびと楽しめるかも。


「うん・・・。ありがとう。僕は東京へ行くよ。4年間、頑張ろうね。」


そんな不純な動機から僕の進路が決まってしまった。

こうして僕が東京の大学へ進学し、麗華が地元に残り、遠距離恋愛が始まった。


◇◇


ピピピッ!

無情にもアラームの音が鳴り響き、麗華が僕の部屋の体を起こした。


「・・・・新幹線の時間がギリギリ・・・もう行かないと・・・。」


寂しそうな顔をしながらも、下着をつけ、ブラウスのボタンを留め、どんどん彼女の肌色の面積が減っていく。僕も見送りのために服を着る。


「んっ!」


玄関から出ようとしたところで、彼女が先回りして両手を広げる。すっかり恒例となったお別れのハグのポーズだ。


「さみしいよ~。もっと一緒にいたいよ~。」


「うん・・・僕ももっと会いたい・・・。」


僕が東京に出て来て半年あまり。その間、麗華は月に1回は東京にやって来たし、僕も月に1回以上は地元に帰っている。

つまり、実はまあまあの頻度で会っている。


むしろ僕にとっては、久しぶりにひとりの時間も取れるようになって、麗華への言葉とは裏腹に、このくらいがちょうどいいかも・・・なんて不謹慎なことも思うようになっていた。


「でも・・・こうやって亮くんの部屋でずっと二人で過ごせるのはよかったかな・・・。お互い実家の時は、こうはいかなかったもんね・・・。エヘッ・・・。」


僕は、麗華が「お互い実家の時は」と言ったのを聞き逃せなかった。

これはきっと、僕が高校の時の話じゃなくて、前のループの時の地元の大学に進んだ亮くん達のことを言っているのだろうと思うと、胸がチクリと痛んだ。


「でも、ずっと家だと飽きない?どっか行こうよ。そうだ!次来るときは舞浜のテーマパークに行こうよ!!」


話題を変えたくて、ずっと前から考えていたことを提案してみた。そうやって二人で新しい場所に行って、前の亮くん達の思い出を、僕との新しい思い出で上書きしていけばこんなモヤモヤ忘れられるはず・・・。


「うれしい・・・!」


彼女が僕の腰に回した腕に力を入れた。僕も嬉しくなって思わず抱きしめる力が強くなる。


「もう一度、亮くんと一緒に行ってみたかったんだ!ぜひ来月行こっ!!」


耳元で囁かれたその言葉に思わず腕の力が抜けてしまった。


ああ・・・ここもダメだったか・・・。



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