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第6話 クリスマス

まだ待ち合わせの時間にはだいぶ早かったけど、駅前のイルミネーションの前には予想通り彼女の姿があった。


最近では、待ち合わせ時間よりもずっと早く、どっちが先に来てチェックポイントを押さえるか競争するクロスカントリー競技みたいになっている。


今日の彼女は初めて見る白色のノーカラーコートにチェックのマフラー。

いつもと違って髪にもゆるくウェーブがかかっている。遠目で見ても、かなりおしゃれに力が入っていることは明らかだ。


対する僕はいつもの黒いダッフルコートにセーターにデニム・・・。

そうか、もっと服装に気を遣うべきだった・・・。こんなところでも経験の差を感じてしまう。


いかんいかん!


まだまだこれからだ!今日は麗華を楽しませないと。前の亮くん達に負けないように!


そう気合いを入れ直して麗華に近づくと、彼女はすぐに僕に気づき、微笑んで軽く手を振りながら駆け寄って来た。


「待たせてごめん。」


「ううん。時間よりだいぶ前だし。相変わらずはやいね~。でも、それをちゃんとわかっててそれより早く来た私も偉いでしょ!!」


腕を絡めて身を寄せてきた。しかも潤んだ目で熱く僕を見つめて来る。


「じ~っ・・・。」


見つめるだけじゃない。口にも出して圧をかけてきた。


「な、なに・・・?あっ、ちょっと早いけどお店に行こうか?」


「ふ~ん・・・・。まっ、いいや。お楽しみは後の方がいいかな。ねえ、帰りにまたここに寄ろうよ。それで・・・・ねっ!」


圧をかけられるまでもなく、今日がファーストキスの約束の日だってことはわかっている。


だから、この日に備えてちゃんと準備をしてきたのだ。ネットで知識を入れてあるので、恥ずかしい思いはしないはず。だけど、まだ心の準備ができてない・・・。


「そういえば、どんなお店予約してくれたの?当日までのお楽しみって言ってたよね!」


「ああ・・・うん。そうそう。フレンチなんだけど。ここからすぐだよ。」


気を取り直してお店に案内する。僕が予約したお店は先月オープンしたばかりのフレンチレストラン。

一人の時に近くを通りかかってランチに入ってみたら、麗華の好みに合いそうな味だし、雰囲気もいい。

まだ、あまりネットにも出て来ない、いわゆる穴場の名店なのだ。


「ここだよ。じゃあ、入ろうか。」


僕が彼女を振り返りながら目的の店を指さすと、彼女は足を止めて目を丸くした。


「えっ?えっ?この店って!アン・ノワールじゃん!うっそ!この頃からあったんだ!え~っ!!」


思惑通り驚いてはくれている。喜んでもいるようだ。だけど僕が思っていたのとはちょっと違う・・・。


お店に入ってからも彼女は内装を見渡して、「懐かし~」「あっ、でもまだ新しい」と言ったり、メニューを見て「ここ、ポタージュが絶品なんだよ!コースに入ってるかな~!」とつぶやきながらはしゃいでいた。


「ここ、先月オープンしたばかりなんだけど・・・。」


「あ~っ、そっか~。前に・・・と言っても今よりも2,3年くらい後かな。大学生の時に亮くんとたまたま入って、そこから常連になって通い詰めたんだよ。今回の亮くんはよくわかってるね~。ありがとね~。」


彼女は頬杖をつきながら満面の笑みで僕を見つめている。この表情は間違いなく喜んでくれている。だけど・・・ここも初めてじゃなかったか・・・。


「あっ、そうだ。ちょっと早いけどこれプレゼント。」


彼女はそう言って紙袋を渡してきた。駅前の家電量販店のものだ・・・。


「中身はゲームコントローラーだよ。ずっと欲しがってたもんね。」


ぐうっ・・・。確かにずっと欲しかった。

だけど、彼女には欲しいなんて一度も口に出したことはなかったはずだ・・・。


複雑な感情を抱えながらも、彼女がじっと見つめて反応を窺ってくるので、無理に笑顔を作って「やった~!ありがとう!」と感謝の言葉を述べながら、僕も彼女へのプレゼントをカバンから取り出した。


「えっ、なになに~?何を選んでくれたの?」


「ああ、うん。キーケースにしたんだ。お財布とお揃いのブランドの。」


麗華は財布とかポーチとか小物にも気を遣っているみたいなのに、なぜか鍵だけはむき出しで持っていて気になっていた。


「えっ、うそ・・・うれしい・・・。まさか気づいてくれるなんて・・・。」


麗華は口に手を当てて言葉に詰まっている。この驚き方なら、今度こそ初めてのプレゼントを渡すことができたかもしれない!


しかし、僕の淡い期待はすぐに裏切られた。


「キーケースは、最初の亮くんの初めてのプレゼントだったから、2回目以降、ずっと自分では買わないでいたんだ。でもね。他の亮くんは全然気づいてくれなくて・・・。でも今回の亮くんは気づいてくれたんだ。うれし~!!」


僕は、麗華が「これこれ同じやつだ~!なつかし~!」「もうキーケースは一生これにするね!」と言いながらはしゃいでいる様子を見て思った。


喜んでくれるのは嬉しい。だけど、これも僕が初めてじゃなかったか・・・。


ふと心の中に、またもやっとしたものを感じた。

これまでにも何度か感じた黒いもやつき。麗華と二人きりのクリスマスパーティーという楽しい場に相応しくない感情。僕はそれを無理に心の奥の方に押し込んだ。


「あっ、料理が来たよ。やっぱりあのポタージュだ~!こんなに早くに食べられるなんて嬉しい!食べよ食べよ!」


さっきからずっとはしゃぎ続けるかわいい麗華。こんな素敵な彼女に好きだって言ってもらえるだけで、僕は十分に幸せなはずだ。



フレンチでの食事を終え、駅に戻ると、幸運なことにちょうどイルミネーションがよく見えるベンチが一つ空いたので、二人でそこに座ることにした。


「亮くん、今日はありがとね。頑張って準備してくれて、大事にしてくれてる気持ち、伝わったよ・・・。」


熱を帯びた潤んだ瞳でじっと見つめられる。身を寄せて来ているのも寒いからだけではないだろう。


「喜んでもらえてよかった。でも、麗華がせっかくそんなおしゃれして来てくれたのに、僕は普段着みたいな格好で来ちゃってでごめんね。」


「ううん・・・。そういうところも今回の亮くんらしくて好きだよ・・・。」


彼女はそのまま黙った。せっかくのイルミネーションを一瞥もせず、ずっととろんとした瞳で僕を見つめたままだ。


とうとう、その時が来た。いくら経験がない僕でもわかる。これが約束のキスのタイミングだ。


・・・実は今日の準備に合わせて、キスの仕方もネットで調べて準備してきた。僕が調べることができた範囲でも、キスは20種類近くあり、かつその前後も含めて色々と作法があるらしく、シチュエーションや関係に合わせた適切な方法を選ばなければいけないらしい。だから失敗しないようにしないと・・・。


「麗華・・・。」


僕が麗華に向き直って肩に手を置くと、軽く目を閉じてくれた。

よしっ・・・。いよいよだ・・・。


数あるキスの中でも、この日僕が選んだのはライトキス、軽く唇が触れるだけのもの。

初めてだし、まだ高校生だし、このくらいがちょうどいいだろう。


僕はすぐに唇を離し、まだ目を閉じている麗華に、「好きだよ。こんな僕と付き合ってくれてありがとう」と囁いたら、彼女も目を開けて、フフッと軽く微笑んでくれた。


よかった。

どうやら間違えなかったようだ。そう安堵した瞬間だった。


突然彼女に頭を掴まれ、引き込まれるといきなり唇を噛まれた。いや、正確には噛まれたわけじゃないけど、そう感じるくらい強く吸い寄せられた。


えっ?これって、もしかして?


事前に調べたから、もちろんこういうキスがあることも知っていた。

たしかフレンチキスとかディープキスとかに分類されていたはず。いくらなんでもこれはないだろうと、真っ先に候補から外したもの・・・。


戸惑いながらも、必死に応じていると、やがて彼女は唇を離してくれた。


「フフッ・・・。あんまり嬉しくて我慢できなくなっちゃった。私も好きだよ。ずっと一緒にいようね。」


そう囁きながらいたずらっぽく微笑む姿は、狂おしいくらい愛おしかったけど、同時に心の片隅に変な感情を覚えた。


その後、麗華の門限を口実に急いで帰ったけど、麗華とのキスの刺激が強すぎて、ずっと頭から離れなかった。


夜、ベッドに入ってからも麗華とのキスを思い出すとまったく眠れなかった。

思い出しながら唇を指で触っていると、少しだけ切れていることに気づいた。


「・・・他の亮くんと、何度も同じようなキスをしたんだろうな・・・。」


思わずそう口に出してしまうと、ずっと心の奥に感じていたけど見ないようにしていたもやつきに名前が与えられて、無視できなくなった・・・。


これは嫉妬だ・・・・。


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