第5話 本山莉子
「あっ、おつかれ・・・。」
「うん。」
予備校のエレベーターに乗り込んだ瞬間、気まずい人と2人きりになってしまったことに気づいた。
小柄で黒ぶち眼鏡。長い黒髪を二つ結び。しかもクリスマスなのに地味な色のセーターとデニムという、いかにも予備校には勉強のためだけに来ていますという服装の真面目そうな女の子。
先客は本山莉子。高校で同じクラスの女子で、去年までは二人で学年トップを競ってしのぎを削っていたライバル。
去年までは学校でも予備校でも顔を会わせると、よく情報交換をしたりお互いを励まし合っていたけど、今は麗華がいつも一緒だから、最近ではめっきり話すこともなくなりすっかり疎遠になって、ちょっと気まずい関係。
こういう気まずい関係の顔見知りと、図らずも二人きりになったときに取る対応で人は二種類に分けられる。
沈黙に耐え切れず当たり障りのない会話をしてしまうタイプ、そしてそんなことを気にせず黙って他のことをしながら時間が過ぎるのを待つことができるタイプだ。
当然僕は後者のタイプ。スマホでも見ながらやり過ごそう。
「今日は一人なんだ。珍しいね。」
おっと・・・本山さんは前者のタイプだったか。こうなると世間話に応じるしかない。
「うん。でも、この後会う予定。別の場所で待ち合わせてるんだ。」
「ああ、クリスマスイブだもんね。」
今日は麗華との大事な約束の日。麗華は100日前からカウントダウンするくらい楽しみにしてたから、僕も期待に応えられるようプレゼントを用意し、雰囲気のいいお店を予約するなどして準備を重ねて来た。
「・・・・相変わらず仲が良いようで・・・。」
「うん・・・ありがとう。」
ちょうどエレベーターが1階に着いた。気まずい空気をやり過ごすための世間話とも言えない短い会話もここまでだ。
そう思って「開」ボタンを押しながら彼女を先に降ろした。
彼女も気まずいだろうし、黙ってそのまま立ち去るだろう・・・そう思ってたけど、なぜかエレベータを降りたところで振り返り、僕が降りるのを待っていた。
「・・・そういえばさ。大学はどこにするの?」
彼女はいつものポーカーフェイスのまま何でもない調子で聞いて来る。
でもこの質問に対して僕は後ろめたい答えしかできない。
「一応、前と一緒で第一希望は京都にある国立大学にしているけど、模試ではE判定しか取ったことないし無理かな。関関同立のどこかが順当なとこだと思うよ。」
3年生が始まったころには無謀にも高い目標を立てていたけど、今でも偏差値で5以上の開きがある。ここからどんなに頑張っても合格することはできないだろうし、僕は半ばあきらめていた。
「ふ~ん・・・。」
僕の答えを聞いた彼女の瞳には何の感情も見られなかった。
でも、なんとなく聞いて欲しそうな雰囲気を感じたので、一応社交辞令として質問してみることにした。
「本山さんはどうするの?」
「前と一緒。大阪の国立大学を第一志望にしてる。模試でもこの間初めてA判定が取れた。」
「それはすごいな。」
ちょっと前までは同じくらいの成績で争ってたのに・・・。
でも、恋愛にうつつを抜かしてた僕と、その間勉強を頑張ってた彼女では差が付いちゃうのも当たり前か・・・。
アリとキリギリスみたい・・・。
そう心の中で自嘲していると、彼女はまだ立ち去らず、僕の方をじっと見つめている。
「・・・・・?」
「あのさ・・・もしよければ東京の大学も受けて見ない?早稲田とか慶応とか・・・。」
「いや、そんなのとても合格しないって!!」
麗華のことがあるから実家から通える大学に進学するつもりだし、そもそも僕の偏差値ではとても合格には届かない。
「そんなことないよ・・・。地力はあるんだし、これから必死で頑張ればきっと合格すると思うよ、それに・・・。」
本山さんは僕と目を合わせず、廊下に貼られた掲示物を見ながら、なぜかもじもじとしている。
「実は・・・私も受験するんだけどさ。東京って初めて行くし、電車も複雑だって聞いてるし、ちょっと不安でさ・・・。ほら、私って、大阪も一人で行ったことないじゃん。」
いや、大阪一人で行ったことないのとか知らんけどと思ったけど、僕も東京には行ったことないし、不安になる気持ちはわかる。
「・・・だから一緒に受験してくれると、心強いなって・・・。」
そのまま本山さんはみるみる真っ赤になってしまった。
実は、早慶を受験することは親からも勧められていた。
京都の国立大学は絶望的だけど、さりとて関関同立では物足りない。
このままだと油断するかもしれないし、ダメモトでいいから早慶を受けてみなさいと強く言われていたのだ。
たしかに・・・受験するくらいならいいかもしれない・・・。東京も見てみたいし・・・。
「うん。実はもともとそう思ってたんだ。受験してみるよ。でも、たぶん記念受験になっちゃうだろうけどね。」
彼女の顔が一瞬パッと明るくなり、それからまたすぐに赤くなり下を向きながら、肩にかけたトートバッグからスマホを取り出した。
「・・・じゃあさ・・・LINEのID交換しない?情報交換もできるし、もし東京で迷子になった時とかに連絡し合えるし・・・。」
情報交換はともかく、お互い東京に土地勘がないんだから、道に迷って困ってるって連絡を受けても助けようがない気もするけど・・・。
それに、スマホが使える状況なら迷子になっても何とかなるんじゃないかな・・・と思ったけど、断ると角が立ちそうなので、僕もポケットからスマホを取り出してLINEのIDを交換する。
「あ、ありがと!!じゃあ、あとでメッセ送っとくね。」
そう言いながら早足に去っていく後姿を見送り、ついでにスマホにメモした今日のデートの計画を確認する。
麗華に幻滅されないよう、時間をかけて準備した計画。これならきっと、前の亮くん達のもてなしと比較しても遜色ないに違いない。




