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第16話 莉子のトラウマ

僕と本山さんは、京都駅の八条口から並んで予備校へ向かう。

いや、本山さんはいつも早足で雑踏をすり抜け、僕はそれを必死で追いかけるから、並んで歩いてるわけじゃない。


この日も彼女を追いかけていると、ちょうど九条通の方から、灰色っぽいシャツの制服の生徒が何人も歩いて来るのが見えた。


ああ、あの学校も土曜授業だったのかな?


そう思った瞬間、僕の制服の裾がギュッと引っ張られた。


「ん?」


振り返ると、いつの間にか僕よりも一歩後ろにいた本山さんが僕の制服の裾をつかんでいた。下を向いてるし、顔も真っ青だ。


「どうしたの?大丈夫?」


足を止めて呼びかけるけど返事がない。しかもガクガク震え始めている。これはただ事じゃない!


近くに座って休めそうな場所がなかったので、とりあえず彼女の手を引いて、ゆっくりと近くのショッピングモールに移動してベンチに座らせた。


本山さんはまだ落ち着かないようで、うなだれたままガタガタ震えている。


「ちょっと、飲み物買ってくるね。ここで待てる?」


しかし、彼女は立ち上がろうとした僕の裾をつかんで放さない。仕方なく僕は隣に座って静かに寄り添うことにした。


「ごめんね・・・。もう授業始まってるよね。」


彼女の薄い唇から小さな、震えた声が漏れた。


「ああ、いいよ。今日は天気がいいし、たまにはサボってもいいんじゃない?」


「うん・・・・。」


そのまま彼女はうなだれ、また黙ってしまった。


二人でベンチに座ってると、色々な人が前を通った。

家族連れとか、はしゃいでいる男子たちとか、女子の二人組とか。


ぼんやりと、色んなタイプの組み合わせがあるんだな~、僕たちはどう見えるんだろうな~とか考えていると、いつの間にか本山さんが顔を上げて僕を見つめていた。


「ありがとう。だいぶ落ち着いた・・・。」


「大丈夫?体調悪かった?うちの人に迎えに来てもらう?それとも送って行こうか?」


しかし彼女は青い顔のままで首を振った。


「・・・・体の具合が悪いわけじゃない。だけど・・・。」


また黙り込んでしまったので、僕も静かに次の言葉を待つ。今日はサボるって決めたんだから時間はいくらでもあると腹を決めた。


彼女が再び口を開いたのは、5分くらい経った後だっただろうか。


「・・・・さっき、東寺の方にある高校の生徒とすれ違ったじゃない。」


「ああ、そうだったね・・・。」


「あの中に知ってる子がいて・・・。附属中の頃に一緒だった子。」


そういえば本山さんはあの高校の附属中出身だって聞いたことがある。なぜかエスカレーターで高校に上がらずに一般受験でうちの高校に来たって・・・。


そこまで話して、本山さんはまた黙り込んでしまった。


どうしたんだろうと思い、本山さんの顔を覗き込むと、彼女は小刻みに唇を震わせながら必死に言葉を紡ぎ出そうとしている。


「・・・・私、中学の時に・・・友達とうまくいかなくて・・・。こんな性格だから仲間外れにされて・・・。それがつらくて、学校に行かなくなって・・・。」


何を言ってあげればいいのかわからない。彼女を見守って黙ってうなずくしかできない。


「・・・ずっと後悔してた。なんであんなことしたんだろうって・・・。」


「本山さんじゃなくて、いじめた方が悪いと思うけど・・・。」


やっと絞り出した僕の言葉に、本山さんはまた激しく首を振った。


「違う・・・。たしかにちょっと仲間はずれにされたけど、今思えばいじめって言える程じゃなかった。だけど、私は簡単に逃げちゃった。もう学校に行きたくないって親に言って、親も甘くて・・・それでちょっと休んだら、佐智子・・・さっきの子が私に手紙を書いてくれた。意地悪してごめんね、また学校で仲良くしようね・・・って。でも、私は手紙を読んで、もしかしたら私が休み続けたら、佐智子が怒られるかも、自責の念で苦しみ続けるかも、いい気味だって思っちゃって・・・。それで休み続けたら、私の方がどんどん学校に行きづらくなっちゃって・・・。最後には、私が学校辞めて、滋賀のあんな辺鄙な高校に通うことになった・・・。」


思いつめた表情で急に堰を切ったかのようにしゃべりだした。僕は黙ってうなずくしかない。


「さっきあの子とすれ違った時に・・・彼女は・・・私に気づいて心配そうな顔をして話しかけようとしてくれた。だけど、私は思いっきり恨みがましい目で睨んじゃって・・・それで悲しそうな顔をして行っちゃった・・・。」


とうとう彼女の瞳から涙がこぼれ始めた。僕は黙ってハンカチを差し出す。


「私は・・・自分の底意地の悪さで自分を追い込んで・・・。今の自分の境遇は自業自得なのに、全部あの子のせいだって思っちゃって・・・。こんな自分嫌だ・・・。」


彼女は僕が差し出したハンカチを目に当てて、嗚咽を漏らし始めた。

ずっと孤高の存在だと思ってたけど、こんな弱い一面もあるんだ・・・。


「・・・慰めになるかわからないけど、僕は本山さんの性格、結構好きだよ。努力する姿勢は尊敬できるし、ちょっと斜に構えてるけど、話も面白いし、ちゃんと配慮してくれるし。ほら、予備校も誘ってくれて、さっきだって城ケ崎さんにつかまって困ってるのを助けてくれたし・・・。」


しかし、また彼女は激しく首を振った。


「違う・・・。大多のことも利用しようとしてた。予備校の行き帰りで、あの高校の生徒とすれ違うことはわかってた・・・。その時に滋賀の高校の制服で一人で歩いてるのを見られたら、ああ、落ちぶれたな、かわいそうだなって思われるかもしれない。でも、そこそこ見た目のいい男子を連れて歩けば、彼氏いるんだ、うらやましいって思ってくれるかもしれない。そんな見栄で大多を同じ予備校に誘って、行き帰りに一緒に歩いてくれるように仕向けた・・・。あの子の悲しそうな目を見た時、そんな小細工して情けない自分も思い出して情けなくなった・・・。」


「へ~え~。」


色んな感情が湧いて来て、思わず声が漏れてしまった。決して呆れたわけじゃないけど、そう聞こえるかも。


「・・・・ごめん。だから、もう行っていいよ。これから予備校も一人で通うから・・・。」


彼女は僕の方を見ないまま、片手でハンカチを差し出してきた。僕はそれを受け取り、黙って席を立った。

彼女の方は見なかったけど、背中越しに「えっ?」と小さな声が聞こえ、動揺の空気が伝わってきたけど、振り返らず歩き続ける・・・。


「・・・・それでさ。」


「はっ?どういうこと?」


突然反対側から現れた僕に、彼女の真っ赤な目が真ん丸になっている


僕はベンチを離れ、見えないように周りを一周して、そのままベンチで涙を流し続けていた彼女の、さっきとは反対側の隣に座ったのだ。


「僕も底意地が悪いので、呆れて立ち去ったフリをしてみたんだけど。」


「ひどい!性格悪すぎる!!本当に呆れて絶交されたって思ったじゃん!」


真っ赤になって強い非難の目を向けてきた。どうやら本気で怒っているようだ。


「・・・そんな風に怒るってことは、本気で言ってなかったでしょ。そんなこと言っても僕が残るって計算してたんでしょ?」


ニヤニヤ笑いながら、からかうような目を向けると、彼女は唇を尖らせながらプイッと横を向いた。


「・・・でも、僕も似たような性格だし、本山さんのそういう性格も好きだよ。」


「・・・・・。」


「一緒にしゃべったりするの楽しいし、これからも同じような感じでいてくれると、僕も嬉しいんだけど。」


彼女は、目を逸らしたまま「フンッ」と言っただけだけど、さっきより少し表情が緩んでいる。


「・・・それに、僕も見栄のために、そこそこ見た目のいい女子と一緒に歩きたいしね。」


「うるさい!!そんなこと言ってからかって!!意地が悪い奴だな!」


本山さんはバシバシとゲンコツで僕の肩を叩いてきた。でも、その表情は少しニヤケていて、まんざらでもなさそうな感じがする。


「・・・ハハッ!だいぶ顔色も良くなったし落ち着いたんじゃない?具合がよくなったなら、どっか遊びに行こうか?そこそこ見た目のいい男子と女子の二人で。せっかくサボったんだし。」


「バカなこと言わないで!まだ2コマ目には間に合うし、予備校行くわよ!!」


彼女は勢いよく立ち上がり、予備校の方へ早足で歩き始めた。


すっかり元気になったようでよかった。


しかし、「そこそこ見た目の良い男子」って思ってくれてたんだ。

フフッ・・・。


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