第14話 気になる女子が二人
高校3年生になり、クラス替えがされてから約2週間、僕には気になることがある。
「・・・城ケ崎さんが僕のことをじっと見てる気がするんだけど・・・。」
思いあまって友人の大河原くんに相談したら一笑に付されてしまった。
「気のせいじゃね~の?沙也加からも何も聞いてないし。別にこれまで交流なかったんだろ?」
大河原くんは僕と違って友達も多く、これまで何人も彼女がいたらしい。しかも、今付き合ってる相手は、僕とやたら目が合う城ケ崎麗華さんの親友でもある高崎沙也加さんだ。だから何かわかると思ったんだけど・・・・。
「あっ、それか何かを恨みを買うようなことをしたんじゃね?」
「恨み?なにを?」
「知らんけど。知らないうちに恨みを買うことってあるじゃん。気を付けなよ。城ケ崎さんって、たしか空手の有段者で、中学の時は全国大会で入賞したらしいし・・・。お前みたいなひょろい奴なんかワンパンで吹っ飛ばされるぜ!」
えっ!!
思わずドキッとして城ケ崎さんの席の方を見ると、ちょうど彼女もこちらを見ていてまた目が合ってしまった。
あわてて目を逸らしたけど、ガンをつけたとか因縁つけられたりするんだろうか・・・。
「冗談だって、むやみに暴力振るうような奴じゃないし。恨みを買う覚えもないんだろ?気のせいか、せいぜいからかわれてるだけだって・・・。」
そのままバシバシと背中を叩かれていると、黒髪の二つ結びに眼鏡で、いかにも真面目で野暮ったい印象の女子が僕の机の方に近づいて来た。
「話してる途中にごめん・・・。これ、この前話した予備校のパンフレット。」
「あっ、ありがとう・・・。」
そのまま何も言わず僕の席を離れていく本山さんを、黙って目で追う僕と大河原くん。
「・・・・しかし、亮が、女子の中でも本山さんとだけ仲がいいってのは不思議だよな~。あの孤高の才女と・・・。」
「仲がいいって程じゃないし。去年クラスと委員会が一緒だからちょっと話したことがあるってだけで・・・。」
孤高の才女という表現も大げさではない。
実際、この学校には、彼女に気安く話しかけられる人は男女ともにほとんどいない。
彼女の名前は本山莉子。
1年生の時から成績は常に学年トップ。
しかも、ただのトップではなく、群を抜いている。
彼女は、もともと京都どころか関西でも最難関の名門中学に通っていた。しかもそこでも成績優秀で、そのままエスカレーターで附属の名門高校に進学できたはずなのに、どういうわけかそちらには進まず、滋賀でも中堅どころに過ぎないうちの高校に、わざわざ越境までして入学したとか。
だから、彼女はアヒルの群れに間違って迷い込んだ白鳥のような孤高の存在。
しかも1年生の時に英語の先生が「開学以来の才女だ!」と感嘆したことから、それ以来「孤高の才女」が彼女の二つ名になっている。
しかも群を抜いた存在なのに圧倒的な努力をする。休み時間も常に参考書を開いている。
その高邁な姿勢から、いつしか尊敬よりも畏怖の対象になり、校長先生ですら彼女に話しかけるのをためらい、敬語になるという噂まである・・・。
「でも、話してみると面白い人だよ。意外にぶっちゃけたこと言うし・・・。」
「マジかよ・・・。信じらんね。でもあれじゃね。そんな仲良かったらさ。亮が本山さんと付き合うことになったら面白くね?オタクをこじらせた亮と孤高のガリ勉のカップルってさ。」
大河原くんは自分の言葉がツボに入ったのか、そのまま腹を抱えて笑い出した。
「さすがにそれも想像つかないし・・・。」
「まあ、寂しいこと言うなって。もし万が一そうなったら、沙也加も交えた4人で遊びに行こ~ぜ!!」
しかし、大河原くんは、4人でダブルデートしている図でも想像したのか、また吹き出して笑いが止まらなくなり、「あ~、息できねえ、死ぬ・・・。」なんて言ってる。
さすがに失礼じゃないか?
僕にも、本山さんにも・・・と思ったけど、それを口に出す勇気はなく、あいまいに微笑んだ。
それに、オシャレで美形の大河原・高崎カップルと、地味な僕と野暮ったい本山さんが遊園地とかで一緒にデートする状況なんて、確かに面白すぎる・・・。
現実にはあり得ないな・・・。
ふと顔をあげると、また城ケ崎さんと目が合ってしまった。
もし本山さんの代わりに城ケ崎さんだったらどうだろう・・・?
キラキラな一軍男女3名と、地味なオタク1名・・・。
ふと想像してみたけど、そっちもあり得ない。
結局、色恋なんて僕にはまったく縁のない話か・・・。
◇
「おはよ~!!」
登校時、昇降口の下駄箱で、僕は目を丸くしてしまった。
偶然一緒になった城ケ崎さんにいきなり声を掛けられたのだ。
「おはよ~!!」
聞こえないと思われたのか挨拶を繰り返してくる。しかも、僕の目を見て腹から声を出した、しっかりとした挨拶だ。
「あっ・・・うん、おはようございます。」
まあ、同じクラスだし挨拶ぐらいするか。
空手やってるらしいし、挨拶は人としての基本ってタイプなのかもしれない。
そう思い小さな声で挨拶をして、そそくさと教室へ向かおうとすると、なぜか城ケ崎さんが一緒についてきた。
「そういえばさ~。あの映画って先週から公開されてるじゃない?ほら、大多くんが好きそうなアニメシリーズの映画版・・・。」
急に笑顔で世間話をしかけてきた!えっ?どういうこと?
「ああ、うん・・・先週の土曜日に観に行ったけど・・・。」
僕がそう答えると、なぜか彼女はそれまでの笑顔を一変させ、驚いた表情でまじまじと僕の顔を凝視してきた。
「えっ?うそ?もう観に行ったの?誰と行ったの?」
「いや・・・まあ・・・一人で・・・。」
「うそ~っ!!一人で行ったの?なんで~?」
彼女が突然大きな声を上げ、廊下にいる他の生徒がチラチラこちらを見て来る。
やっぱり映画に一人で行くのはおかしかったかな・・・。
さびしいボッチのオタクとか思われたんじゃないだろうか・・・。
なんか恥ずかしくなってきた。
「い、いや・・・。ちょっと土曜日に京都まで行く用事があったからついでに・・・。じゃ、じゃあね。」
ちょうど教室に着いたので、いたたまれなくなった僕は慌てて自分の席まで逃げ去った。
席にカバンを置いて一息つくと、隣の席で本山さんが数学の参考書を見ながら問題集を解いている。
「おはよう、本山さん。」
「おはよう。大多。」
ああ、なんか落ち着く。本山さんは、他人のこととか興味ないし、僕の趣味のことも詮索してこないし安心できる。
「そういえば、先週の土曜日、予備校の入校試験受けて来たよ。それで今週から通うことになった。」
「どのクラスになったの?」
本山さんは問題集から目を離さないままだけど、ちゃんと答えてくれる。なんかこういうマイペースなところも安心感がある。
「うん、意外とテストがよくできたみたいで特進クラスだって。本山さんはどのクラスなの?」
「私は、スーパー特進だけど。」
「調子に乗ってすみませんでした。上には上がいるもんですね。」
そう答えると、本山さんは問題集からは目を離さないまま、口元だけでニヤリと笑ってくれた。
「そういえば、京都駅前って、人がいっぱいじゃなかった?」
ちゃんと本山さんからも話題を振ってくれる。こうやって本山さんが勉強しながら軽く会話するのが習慣になっている。
「そうそう、びっくりしたよ。外国人観光客がいっぱいでさ~!」
「私たち京都民から見たら、君たち滋賀県民も外国人観光客だけどね。」
「え~っ!そんなこと言うなら琵琶湖の水止めたるぞ~!」
「そんなん言うならやってみろ。琵琶湖の水止めたら、水が溢れて滋賀県全土がダムの底だぞ~。」
思わず吹き出してしまった。
いかにも勉強の片手間という感じで会話を進めているのに、タイミングよく絶妙な冗談を投げ込んでくるのが、いつも僕のツボにはまってしまう。
彼女のことを孤高の才女だと言って敬遠している人たちは、本当はこんなに面白い人だって知らないんだろうか・・・。
「まあ、私も家は山科の方だし、京都駅前はちょっと怖いんだけどね・・・。」
「そうだよ、本山さんもギリギリ京都でほぼ滋賀みたいなもんじゃん。」
「うっさい。でも、夜とか一人だと怖いし・・・。もしよければ行き帰りに一緒に行ってくれない?」
相変わらず本山さんの目は問題集をとらえており、表情もポーカーフェイスのまま・・・。
「ああ、もちろんいいよ。でもクラスが違うから始まる時間とか終わる時間が違うとは思うけど。」
「そこは大多が自習室で勉強して調整すればいいじゃん。一石二鳥でしょ。」
「いや、僕はまったく二鳥を得てないけど・・・。」
そうは言ったけど僕は少し気持ちが上向いた。正直、受験勉強のために予備校に通うなんてしんどいな~なんて思ってたけど、行き帰りに尊敬する本山さんと肩を並べて一緒に歩けるなら、悪くないかもしれない。
ちょっとニンマリしてふと視線を移すと、なぜかまた城ケ崎さんと目が合った。
僕がニンマリしていたからだろうか、城ケ崎さんも僕に笑いかけてきた。
いかんいかん。勝手にニヤついて気持ち悪い奴だと思われてるかも・・・。
そう思って慌てて目をそらし、表情を引き締めた。




