ミシディア共和国科学大臣フェルマン09
白旗が上がったあの日、すべてが終わった。
わたしたちミシディア軍は――完敗だった。
敗軍の将、会談の場へ赴く。
どんな仕打ちを受けても文句は言えない。
こちらから仕掛けた戦争なのだから。
それにしても、こんな形で終わるとは思っていなかった。
……いや、正直に言おう。
わたしは、自国の科学力を過信していた。
ミシディア以外の国など、未開の蛮族としか見ていなかった。
「科学は剣よりも強し」――そんな甘い信念を、今では笑うしかない。
制圧するつもりが、あっさり制圧されたのは我々のほうだった。
それも、まったく歯が立たなかった。
わたしがこの会談に同行したのは、ひとえに"好奇心"からだ。
ニャール王国の兵器が、どうやって作られたのか。
あの戦車、水中砲、そして――猫耳通信装置(?)。
どれも理解不能な代物だった。
もし許されるなら、設計者に会って話をしてみたい。
無理でも、せめて中身をちらっと覗きたい。
……いや、せめて写真だけでも。
そんな思いで入った会議室の中央に――彼はいた。
ニャール王、キャルロッテ。
王冠をかぶった、どこにでもいそうな初老の男だ。
だがその腕には、ふわふわしたチャトラ猫が鎮座している。
(……猫?)
場違いなほど穏やかな笑みを浮かべ、こちらを迎え入れる。
敵国の王というより、近所の優しいおじさんだ。
それが逆に怖い。
王は我々に席を勧め、柔らかな口調でこう言った。
「この戦争を起こした責任は重い。しかし、あなた方を捕虜として丁重に扱う。
国際法に則って身分を保証しよう」
……あれ? 首を斬られる覚悟で来たんだが。
拍子抜けというか、優しすぎて逆に不安だ。
どうやら、ここは"紳士的な敵国"らしい。
縄で縛られるどころか、椅子まで引いてもらった。
そして、王が微笑む。
「それでは、食事でもしながら話しましょう。戦場なので簡単なものしか出せませんが」
テーブルに運ばれてきたのは、温かいスープと焼きたてのパン。
敗軍の身にしては、あまりに優雅だ。
警戒しながらもスープを一口――うまい。
悔しいけど、うまい。
話は事務的に進む。
戦後処理、捕虜の身分確認、戦線の状況報告。
わたしも隠すつもりはなかった。
どうせ技術の差は歴然だ。
この負けを覆す"奇跡の逆転兵器"なんて、もう存在しない。
だが、ひとつだけ気になる。
この国の技術――一体どこから来た?
ついに我慢できず、口を開いた。
「それで、この戦車を作ったのは……どなたですか?
もし可能なら、お会いして話をしてみたいのですが」
キャルロッテ王は、にやりと笑って膝の上を撫でた。
「それは、この子ですよ」
……猫を撫でながら言うな。
一瞬、頭が真っ白になる。
この王、天然なのか、冗談なのか、はたまた狂っているのか。
わたしはどう反応していいか迷った末――
ぷっと、笑ってしまった。
場違いにも、腹の底から。
食えないおやじだ。
この奇妙な王と国と猫。
科学者としての理屈が、ぜんぶ吹き飛んだ気がした。
どうやら、敗戦以上に"負けた"のは、わたしのほうらしい。




