ミシディア共和国海軍副司令官ヒルヴァ02
なんだこれは――息が詰まるような違和感が甲板を覆う。
砲撃がないのに、目の前で船が沈んでいく。
まさかの事態だ。俺は冷静を装うが、胸の奥で何かがざわつくのを抑えられなかった。
「副司令官、左舷三番、船底に大穴が開いています! 浸水が止まりません!」
若い士官が叫ぶ。声が震えている。
甲板上の兵士たちの顔も一瞬でこわばった。
砲弾を受けて沈むのならまだ筋は通る。だが今回の穴は――下から来ている。
水柱はその証拠だ。水面の震え方、泡の立ち方、砲撃とは明らかに違う。
潜航している何かが、我々の船底を狙っている。
「何だと……水中からの攻撃だと? 潜航艇か?」
頭の中で選択肢が並ぶ。だがニャールにそんな技術が?
海賊寄せ集めの小国に。理屈が合わない。
だが現実は目の前で起きている。船体が傾き、甲板に振動が伝わる。甲板下から鋭い金属音が聞こえた気がした。
「全艦、緊急操舵! 船体の被害状況を報告しろ! 損傷修理班、すぐに応急処置を!」
わたしは指示を出す。命令は吐き出すように短く。
だが命令が出ても、時間が味方をしてくれるとは限らない。
浸水は進み、甲板の一部が油と海水で滑り始めた。
兵は慌てふためくことしかできない。
原因が特定できないのだ。
「副司令官、左舷側の艦が急速に沈んでいます! 乗員が海へ落ちています!」
報告が続く。向こうに見える偵察船は、いつの間にかこちらの艦を脅かす"何か"を放っていた。
小さな船が動き回っている。
あきらかになにかをしているのだ。
とにかくあの小さな船をなんとかしないとならない。
こちらも大砲を詰んでいる。それであの小型船団を狙う。
しかし、動きが速すぎて、命中することはない。
あのスピード、船としてありえない。
動力のある戦艦もあるが、船というものは基本的に風を使って推進するものだ。
それが、風は関係なしに自由に動いている。
わたしたちの船は、やつらの攻撃をさけることはできない。
まるで鯱に囲まれたクジラだ。
図体が大きいだけでなにもできない。
「艦隊、退避! 主力は後退して間合いを取り、対潜手段を整えよ! 残存艦は救助に回れ!」
なんとかしないとならない。
口から出た命令は、素直な撤退の合図だった。
だが撤退は敗北の言葉ではない。死体の山を作るより、再編成して反撃する方が賢い。
甲板上を駆け抜ける将兵の足音、海に落ちて叫ぶ男の声。油と塗料の匂いが鼻をつく。
視界の端で、敵の小型線がまた水柱を上げた。
そのとたん、海面に白い筋が生まれ、こちらにむかってくる。
まるで、巨大魚がこちらにつっこんでくるような感じだ。
もしかして、水中を進む砲なのか。
次はどの艦の腹に穴を開けるつもりか。
わかっていてもなにもできない。
「ニャール王国め……」
小さく呟いた。艦隊の統制を取り戻せ。沈んだ船の乗員を救え。
そう思うが、やれることは少ない。
私は艦橋で旗信号と口令を組み合わせ、逆転のための小さな施策を次々と下した。
伝令を飛ばし、機動力のある小舟を集めさせる。
しかし、もう遅きに失した。
沈みゆく大型船にじゃまされて、思うように動けない。
背後で、遠くの波間がまた爆ぜる。
こっちに向かってくる水中の砲。
そして、大きな爆発音、水柱があがり、そこにある船が震え傾くのだった。




