比留間明夫03
「あの~、入れ替わるのはいいんですけど。
チートなんかはいただけるんでしょうか?」
ぼくは勇気を振り絞って質問する。
だって、これから行くのは剣と魔法の中世ファンタジーだ。
運動部経験なし、武道も嗜みなし。
履歴書に書ける資格といえば英検3級。
そんなモブ性能で放り出されたら、死亡フラグしか見えない。
「ああ、まあ、今持ってる能力は転移先で十倍くらいになるわ。
それと、お互いの記憶を交換してあげる。
言葉とか困らないようにね。それで我慢しなさい」
女神はめんどくさそうに答える。
猫を愛でることは止まらない。
いやいやいや、俺は最初からゼロなんだって。
ゼロを十倍してもゼロのまま。
「十倍の無能」が誕生するだけなんですけど!?
「でも、猫ちゃんにはチートをあげる。
絶対に死なないようにね。
すべてを知る力――アカシックレコードでいいかな」
女神はそう言って、猫の頭にキラキラした手をかざす。
対応の差、歴然。
猫にはレジェンド級チート。
ぼくには、十倍の無能。
……うん、まあ、猫かわいいからしょうがないよね。
ぼく、おっさんだし。
「それじゃあ、キャルロッテ王はこっちの扉。比留間はこっちの扉」
目の前にドアが現れる。まるでどこでもドアだ。
「本当に、わが国民は救われるのだろうな」
キャルロッテ王が女神に問う。
「比留間ががんばったらね。
猫ちゃんがついてるから、大丈夫だと思うけど」
「わかった。任せる。
どうせ、わたしの力ではどうにもできないのだから。
少しでも可能性があるのなら、それでいい」
――大丈夫なのかな、俺で。
自信ゼロなんですけど。
「比留間、たのむ。
わたしに代わって国を、国民を救ってくれ」
キャルロッテ王は、ぼくに深々と頭を下げた。
そんな真剣に頼まれても……。
でも、やるしかないんだよな。
「できるだけ、やってみます」
ぼくは会釈を返す。
キャルロッテ王は静かにドアを開き、その中へ消えていった。
向こうのコヨミも、ちょこんと王のあとを追って滑り込む。
そして、ぼくの番だ。
目の前のドアノブに手をかける。
――いよいよ異世界生活スタート。
俺に用意されたのはチート能力じゃなくて、猫チート。
……これ、勝ちフラグなのか死亡フラグなのか。
考える間もなく、扉の向こうへと足を踏み出すのだった。