ミシディア共和国科学大臣フェルマン02
やっとだ。長年、研究室のガラス越しにしか見られなかった「戦場という実験室」に、公式な招待状が届いたのだ。
そう、戦争というのは簡単に起こせるものではない。
これでわたしの作った兵器が初めて実戦に投入できるのだ。心が躍る。
これまで戦争は「人海」と「士気」で片づけられてきた。
将軍たちは過去の栄光にしがみつき、非効率な死の山を積み上げることを厭わなかった。
愚かしい。科学とは、その愚かさを切り捨て、最小の投入で最大の効果を得るための手段である。
兵士個人の力量に勝敗が左右される。
英雄の投入で戦局が変わる?
そんなのはナンセンスだ。もっと賢く、もっと確実に勝つ。
勝利は計算できる――それがわたしの信条だ。
今回の任務は壮大だ。ニャール王国が示した「銃」と「戦車」の新概念を解析し、我が共和国の理論に取り込み、さらに上回ること。
スパイが持ち帰った断片的な機構をブラックボックスごと解析し、我が国の魔導理論で再構築する。
量産化、軽量化、安定性の確保。
これが達成された暁には、我が国の武器が世界の規範となる。
売る側は常に一歩先を握る。
型落ちを売りつけて利益を回収し、後続の「本命」を隠しておく。
それが国家の富であり、わたしの栄光だ。
兵器は単なる破壊の道具ではない。兵器のデザインは社会を変える。
運輸も、通信も、経済も、戦場で磨かれた技術に続く。
魔導機関の出力曲線を少し変えるだけで、列車の性能が倍になり、発電効率が上がり、都市の夜が明るくなる。
技術の波及効果は計り知れない。だからこそ、わたしはこの戦争を「実験」と呼ぶ。データを取り、改善し、次の世代へと刻むのだ。
人心の扱いも重要だ。
軍部に無制限の権力を与えるのは危険だと大統領は知っている。軍は暴威になりうる。
しかし我ら技術者は、力を統制し、制度として組み込む。科学が支配する社会??それは、知性と資本を持つ者が秩序を作る世界だ。
愚衆の声が政を左右する時代は終わる。
合理の名の下に、秩序と繁栄を再構築する。そこに、フェルマンの名前が刻まれる。
だがこの仕事は理屈だけではない。
実際に「物」が火を吹き、目標が崩れるのをこの目で見たいという欲求がある。
理論は実験によってのみ完成する。戦艦の操舵室に立ち、砲身の冷たい金属と魔導炉の低い唸りを感じ、計器が示す数値を見つめる。
どの恐るべき仮説が現実に耐えられるか。どの金属合金が発熱に耐えるか。どの弾薬が最も効率よくエネルギーを伝えるか。美しい問題ばかりだ。
我が兵器群は既に設計図の束となり、試作が海を越えて組み上がりつつある。
飛空戦艦の砲塔調整、魔導迫撃砲の軌道係数、そして秘密の「戦車対策」
――国家機密に指定されたそれらは、いまや実装段階だ。
すべては観測し、比較し、改良し、再配置するためのデータポイント。
戦場は野蛮の場ではなく、エンジニアリングの聖地だ。
だが忘れてはならぬのは、相手にも知恵があるということだ。
ニャールの技術者たちは異端の発想を持っていた。ブラックボックスの中にはわたしの想像を超えた技術があるのかもしれない。
だから、今回、わたしは後ろで結果だけを見ているわけにはいかない。
わたしは敵の武器を見て、それを潰さねばならない。
操舵室の窓外には、波間に揺れる旗と、整列する兵舎の列が見える。
計器は静かに動き、蒸気と魔導の混合音が耳に心地よい。
実験の開始を待つ科学者のように、わたしは手袋の指先をこすり合わせる。
歴史は観測者だけではなく、介入者によっても動く。
さあ、記録計を回せ。
わたしの設計が、世界の未来を一段と変える瞬間を、いまこの目で見届けてやろうではないか。




