ビリジアンテ連邦国 アバドン議長11
「賠償金?」
キャルロッテ王は首をかしげて、本当に不思議そうな顔をした。
まるで「なぜそんな発想になるのか」とでも言いたげに。
「そうだ。賠償金は……こちらに決めさせてくれ!
国際法で定められた額など支払えば、我が国は破産する。
国民も、国家も耐えられん!」
もはや体裁を気にしている場合ではなかった。
議場での駆け引きも、外交の矜持も、ここでは何の意味もない。
命を賭けるより、膝を折る方がよほど現実的だ。
私は胸の奥で「土下座してでも」と叫んでいた。
だが返ってきた言葉は、予想を超えていた。
「賠償金ですか? そんなの、要りませんよ」
キャルロッテ王は柔らかく笑ってそう告げた。
その笑みは勝者の傲慢さではなく、まるで「本当に不要なのだ」と心から思っているように見えた。
「いらない……だと?」
思わず声が裏返る。
「ええ、それより捕虜のことをお伝えしようと思っていました。
講和が成立すれば、即日お返しします。
もちろん、アンドレアス殿も含めて。
ですから、できるだけ早く条約を結びましょう。
正直に申し上げますと、収容施設がいっぱいで困っているんです。
普通の兵士なら明日にでも帰っていただきたいくらいで」
なんということだ。賠償金どころか、捕虜まで即日返還。
しかもこちらの都合を察して、むしろ「困っているから助けてほしい」と言わんばかりの調子ではないか。
私は息を詰め、無意識に深々と頭を下げていた。
「わかりました。できるだけ早く、結論を出させていただきます」
口をついて出た言葉は、もはや敬語だった。
自分でも気づかぬうちに、完全に人としてキャルロッテに屈していたのだ。
この王には逆らうより従った方がいい――理屈ではなく、直感がそう囁いていた。
外では各国からの援軍の申し出が届き始めている。
だが、それを受ければどうなるか分かりきっている。
援軍とは名ばかりで、我が国もニャールも切り分けられ、帝国や共和国の思惑のままに蹂躙されるだろう。
むしろ、この目の前の王の方が信用できる。
「よろしくお願いしますね。
それとこれからは友として仲良くやっていきましょう。
それを今回の議事録に折り込みます。
賠償金の件もアバドン議長が頭をさげたことで不要となったと追記しましょう。
そうすれば、多少でもお役に立てるでしょうか」
キャルロッテ王はそう言って、深く頭を下げ、手を差し出してきた。
王とは思えぬほど低姿勢――だがそこに卑屈さはなく、むしろ底知れぬ力が感じられる。
王でありながら、まるで老練な商人のよう。
頭を下げることを当然とし、それを力に変えている。
隣に控えるダオウルフの眼差しも、忠誠を超えて尊敬そのものだった。
我が国のように「押さえつけて服従させる」のとは正反対だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私は差し出された手を握り返した。
その瞬間、敗北を悟ると同時に、奇妙な安堵を覚えていた。




