ビリジアンテ連邦国 アバドン議長09
私の頬を冷たい風がかすめる。
戦場のただ中に張られたテントの中は、外の喧騒とは裏腹に不自然なくらい静かだ。
だが、その静けさこそが危険の前触れであることを、私は知っている。
キャルロッテが淡々と語る。どうして彼が我が国の内情を知り尽くしているのか。
スパイか、あるいはニャールの諜報機関の再来か。
前王がそうした手を使ったのは承知しているが、まさか彼も同じ手腕を持っているのか??そんな疑念が頭をよぎる。
今はとぼけるしかない。ここで狼狽を見せれば交渉は決裂し、我が国はさらなる混乱に陥る。
だが、肝心のところで顔が引きつくのを押さえきれない。
手のひらに汗がにじむ。頭ではポーカーフェイスを保てと繰り返すのに、身体が言うことをきかないのだ。
そして彼は、とんでもないことを口にした。――我々が戦場に残していった武器や食糧を、ウラールやサタールに渡した、と。
「おまえ! 裏でそんなことをしてたのか!」
思わず立ち上がり、声を荒げてしまう。だが、その声は虚空に響くだけだった。
理性で整理する。国境付近のギオルグに武器を渡すのは分かる。
だが、サタールは南部、ウラールは西部だ。大量の物資を、どうやって我が軍の目をかいくぐって渡したというのか。
収容所に閉じ込めているはずの人質が消えたという報告もある。どのルートで、どんなやり方で。
「農奴に武器を渡すなどありえぬ」
私はそう言いかけるが、自分の声に説得力がないことを自覚する。
これだけ反乱が同時多発している。蛮族だと侮っていた者たちが、なぜここまで統率され、強力になっているのか。
内部に手引きがいるのか。帝国か共和国が暗躍しているのか??可能性が浮かび、心の底に冷たいものが落ちる。
さらに追い打ちをかけるように、あの男は続ける。首都で大規模なデモが起きている、鉄の盾は再利用され、戦車になって我が側を圧する??と。
私はキャルロッテを見据える。膝に猫を抱き、ふつうに優雅にお茶をすするその姿は、不釣り合いなほど落ち着いている。
机の上にはいつの間にか茶菓子まで並んでいる。
どこから取り出したのか。あの猫はいったいなんなのか。
奴は魔導士なのか、なぜ、我々の手の内をすべて知っているのか。
胸の奥がざわつく。まるで自分が舞台の上で糸を引かれる操り人形のように感じられる。
あの男の一挙手一投足が、こちらの選択肢を徐々に奪っていく。
頭の中で計算を走らせる。賠償金など払えるはずがない。
首都のデモを弾圧すれば反発はさらに燃え上がる。
軍を北から引き戻せば戦線は崩壊する。だが撤退もしにくい。
私の地位が風前の灯であることも理解している。前任者たちの末路が、脳裏にちらつく。
しばらくの沈黙の後、私は肩を落とした。観念にも似た決断だ。
「わかった。そちらの条件を聞かせてくれ。できる限りのことはしよう」
言葉を放った瞬間、その重みが体にのしかかる。
だがこれも、最良の選択かもしれない??
しかし、問題はある。
我が国にニャール王国の言う賠償金は払えないということだ。




