比留間明夫26
わたしは椅子にもたれ、アバドン議長をじっと見た。
アバドンは余裕を装っている。しかし、その目の奥が少しだけ泳いでいるのが見えた。いい兆候だ。
「アバドン議長、率直に言いましょうか。あなたの国、けっこうヤバい状況ですよね。」
軽く笑いを混ぜて言うと、議長は反射的に顔をしかめた。効いている。
「まず、ギオルグ族が我が国側についたこと。
ダオウルフさん、君の騎馬隊はビリジアンテで最強クラスって話でいいんだよね?」
ダオウルフは軽く首を振って謙遜するが、いままでの戦果が物語っている。
ビリジアンテの騎馬隊はギオルグ騎馬隊の相手にもならなかった。
騎馬を使っている者は高官の子弟ばかりで、馬で戦った経験なんてない。
それが小さいときから馬を操ることに長けている民族にかなうわけがない。
「いや、正直に言えばニャールの軍には敵いません」
ダオウルフさんの素直さが、逆にアバドンの不安を増幅させる。
「それから、ウラール族とサタール族も独立に動き出したって聞いてますよ。」
わたしは眉を上げ、アバドンの反応を待つ。彼は口を固く結んだまま俯く。
「小競り合いだ、すぐ収まる」
その言葉、震えてますよね? 心の中でそうつぶやきながら、わたしはさらに続けた。
「で、こちらが立て直すために『うっかり』ビリジアンテの残留武器や食糧を回収しておいたんですが――ええ、あなた方が『置き忘れた』物をですよ。
どこに返したらいいかわからなかったのでウラールとサタールのところに返しておきました。
ウラールもサタールも、あなたの国民でしょう?
ちょっと送り返しただけです。別に大したことじゃないですよね」
言葉を置くごとにテント内の空気が冷たく沈む。アバドンの顔が紅潮していく。
「なんだと! 裏でそんなことを!」
彼の声は低く鋭いが、どこかむなしさも含まれていた。
わたしは静かに首を振る。
「ただの小競り合いですよね。
それと首都ではデモが起きてると聞きますよ。
税負担、兵役、食糧配給の不満が積もって、今や市民が街頭に出ています。
どうなっているのでしょうね」
アバドンが言葉を探す間に、わたしは畳みかける。
「しかも、いただいた大量の鉄の盾は溶かして再利用させてもらいました。
これで戦車が五台、動かせます。
あなたたちが配備した盾でこちらが戦車を作るって、皮肉な話ですね?」
議長の肩が落ちるのが見えた。額に浮かぶ青筋もある。そろそろ耐えきれないらしい。
「……わかった。条件を提示しろ。できるだけのことはする」
その声は威厳よりも、どこかあきらめのようなものを帯びていた。
わたしはゆっくり立ち上がり、猫を抱いた腕に手をやる。コヨミが爪を立てずにゴロリと喉を鳴らす。
軽く微笑むと、議長の顔は完全に沈んだ。
「では、その条件を言いましょう。
話は簡単です。――あなた方が今この瞬間に敗戦を認めること。
あと、ビリジアンテの南の草原はもともとギオルグのものです。
それをギオルグに返還してもらうこと。
それ以外にサタール、ウラールの独立です。
おおまかにはそんな感じで。
細かい点は文書でまとめます。
それでいいですか」
アバドンはもう選択肢を失っていた。
彼の瞳は一瞬、過去に積み上げてきた"威光"とその全てを失う恐怖で揺れた。
ゆっくりと、しかし確実に、彼はうなずいた。




