比留間明夫24
さて、そろそろか──と思っているところに秘書が入ってきた。
ぴしっとした紙束を差し出し、無言で立っている。封蝋に押された紋章を見て、ああ、やっぱりと胸の内でつぶやいた。
「ビリジアンテ連邦のアバドン議長から連絡がありました」
封を切る。案の定、講和会議への同意だ。
キャットGPTの予測どおり、向こうから会談を持ちかけてきた。
要するに、テーブルの上で話し合おうということ。
都合のいい方に話を進めれば、こちらの有利な条件で決着がつくはずだ。
侵略した側が頭を下げるんだから、多少は痛い目にあってもらうよね。
ここまでにやった手回しを思い返す。
まずはサタール族。コヨミのワープでぽんと飛んで行って、ビリジアンテが残していった武器をどーんと差し出したら、彼らは二つ返事で味方になってくれた。
サタールも元は狩猟民で、農奴にされていた恨みが深い。
帰る前には、向こうの代官さんの首がすでに刈られていたらしい。やれやれ、仕事が早い。
つぎはウラール族。正教とは違う独自の宗教を持つ、数の多い種族だ。
彼らにも独立をもちかけ、武器と食料(戦場の「落とし物」)を供給。
あっという間に勢力になり、今は首都へと向かっている。ビリジアンテは北に兵力を集中しているから、南や西に手を回す余裕がないらしい。まさに良いタイミング。
もちろん全部、平和裏に済ませたわけではない。
諜報部隊に手伝ってもらって、首都には巧妙にデマと本当の不満を混ぜた情報を撒いた。
重税、徴兵、戦費の浪費――不満の種はいくらでもある。こういう時、人は陰謀論に飛びつく。
結果、広場でデモが起き、政府の求心力は急降下。仕事は地味だけど効く。
軍備周りも手を抜かない。戦車は三台用意した(正確には一台が本物で、残り二台は張りぼてだ)。
本物を見せて脅し、ダミーで敵の判断を狂わせるのは古典的だけど実効的なトリック。
盾や馬は回収してギオルグの騎馬隊に渡した。
あの人たち、馬の扱いは本当にプロだ。今や我が側の騎馬隊は千を超え、見た目だけでも結構な迫力になっている。
敵がまだ完全に崩れてはいないのは承知の上だ。
ビリジアンテには二十万の兵力が残っているし、本気で来られたら簡単には済まない。
でも今の情勢なら、内部分裂と地方反乱を同時に煽ることで、相手は自滅コースを歩んでくれる。
キャットGPTの出した勝ち筋を一つずつ具現化してきた結果が、いま目に見えて現れているわけだ。
さて、締めは礼儀だ。アバドンへの返答文を薄墨で整えつつ、会談の日時と場所を提案する。
向こうが全力で出てくる前に、こちらの条件をテーブルに載せておきたい。
短気に出るとケガをする。冷静に、しかし確実に、最小の犠牲で終わらせる――それが今のぼくの仕事だ。
コヨミが膝の上で気ままに伸びをして、ゴロゴロ音を立てる。
猫の一声で世界が少しだけ静かになる。
よし、返事を書こう。筆を取りながら、ぼくはちょっとだけ笑った。仕事モードのスイッチが、今日も入ったのだ。




