ビリジアンテ連邦国 アバドン議長07
どういうことだ、これは――。
机の上の地図を睨みつけても、数字は消えない。
計画は一枚ずつめくられるように崩れていく。最初は冷静だった。
裏切り者どもを一掃して、全軍を突入させれば短期決戦でニャールを潰せる。
こちらの情報がわからなければ、大丈夫だ。
多少の犠牲は覚悟の上だ。だが、その「多少」を如何に少にするかだ。
三師団が一日で潰れるなど、誰が予想しただろうか。
あの男──キャルロッテがもたらした「銃」だの「戦車」だのは想定外だった。
だが、真の不安は別のところにある。情報が漏れている。作戦の手順、部隊の配備、我が軍の統制――ことごとく先手を取られている。
鉄の壁作戦は事前に対処され、収容所の人質は忽然と姿を消した。誰が我々の腹の中まで見ているのだ。
それさえ防げたら、数が勝つのだ。
我が国は社会体制の特性上、議長の権限が集中する。
成功すれば栄光、失敗すれば断頭台だ。
前任者たちの末路を忘れてはいない。私はここまで血路を切り開いてきた。
だからこそ、今さら引くわけにはいかない。だが引かねばならぬこともある。
戦費、補給、盾の生産――国家予算をつぎ込んだ賭けが白紙になるのを黙って見過ごせるか。
報告は連続する。南でサタール族が反旗を翻した。数は五千、ただの一揆だと考えたのは誤りだった。
彼らは武器を持ち、馬を手にしている。
西ではウラール族が独立の狼煙をあげた。
首都の広場では市民が怒りを露わにし、議事堂前で「議長を引きずり下ろせ」と叫んでいる。
あの収容所の人質は何者かに連れ出され、見当たらない。
内外から火が吹き付けられ、炎は瞬く間に拡大している。
一つ、また一つと命令を出すしかない。制圧せよ、出動せよ、鎮圧せよ。
しかし命令は現場で噛み砕かれる。幹部の多くは我が派閥のガキどもだ。
訓練は形だけ、覚悟は薄い。兵を突入させても、まともに機能しない。まるで虫の息の骨格に無理やり力を注ぎ込んでいるようだ。
そして、最も忌々しいのは「見えない敵」の存在だ。それはなにかわからない。
ニャール王国だけでこんなことができるのか。
武器の調達とかはどうなっている。
もしかしたら、共和国や帝国がからんでいるとしたら。
あの帝国のシオンが銃でうたれたのが、茶番劇なら……
武器の調達なら共和国がお手の物だ。
絶対になにかあるはずだ。
私の参謀たちは口をつぐみ、顔色を失っているだけだ。
だれもが、わたしの顔色をうかがうだけで、有効策なんてだしてこない。
ベルゼンだけではない、側近の中にも疑わしい者がいる。誰を信じればいいのか。
信頼の輪が崩れる音が、耳の奥で乾いた破裂音のように鳴る。
決断を迫られる。ここで強硬に出るか、さらに損耗を抑えて体制を立て直すか。
どちらを選んでも代償は大きい。だが選択の余地があるうちに動くしかない。
私は筆を取り、名前を書き連ね始める。つぎの粛清のリストだ。
裏切り者の首を挿げ替え、情報の流れを断つ。恐ろしいが、政治は時に血で清めるものだ。
だが心の中では違う声が鳴る。もし、我が手の中に余力が残らぬまま前進すれば、私自身が前任者たちと同じ運命を辿るのだ。
─幽閉、あるいは断頭台。そうなっては元も子もない。
最悪の選択肢を前に、私はまたひとつ命令を下す。首都の残り部隊を動員し、反乱と暴動を徹底的に鎮圧せよ。容赦はしない。今一度、秩序を回復するのだ。
だが、ペンを置いた手は小刻みに震えている。
ふと窓の外に目をやると、首都の空はどこか薄汚れて見えた。
かつての確信は薄れ、焦燥と猜疑だけが残る。私は胸の中で小さく呟いた。終わりが来るのか、それともここから立て直せるのか──答えはまだ、出ない。




