比留間明夫01
目の前にいるのは――王様コスプレのオッサン。
いや、本人は「ニャルス王国のキャルロッテ王」だって言ってるけど、そんな国聞いたことない。
ヨーロッパのどっかに小国あったっけ? バチカンとかリヒテンシュタインとか? いや、違うよな。
……ひとつだけ、心当たりがある。
この状況、日本人なら受け入れやすい"あのアレ"だ。
異世界!
そう、俺はビジネス書ばっか読んでたけど、小説も好きだった。
特にミステリー。でも、話題になったベストセラーは手を出していて、その中に「異世界転移」とか「異世界転生」とか、そういうジャンルがあった。
スライムになったり、ゲームの世界に入り込んだり。正直、一時期はハマった。
それに俺はドラクエ世代。ファンタジーって聞くと、ちょっと血が騒ぐ。
「これは……異世界転移かもしれない」
つい、口に出してしまった。
「異世界転移?」
王様コスプレが、真顔で聞き返す。
「そう。ぼくらの世界は別の次元にあって、たまたま繋がっちゃった……とかね」
「どうしてそんなことが?」
「それはわからないけど……ほら、俺も現実に不満があったし、あなたも国が滅びそうだって言ってるじゃない。
たぶん、神様が"ちょっと面白いことやってみるか"って気まぐれ起こしたんじゃないの」
「……なるほど。では、これからどうなるのだ?」
「さあ? まあ、なるようになるでしょ。
物語的に言えば、ここで俺には"チート能力"とか"聖剣"とか与えられるはずなんだけど」
そう、異世界転移といえば無双が定番だ。
普通は女神が出てきて「あなたに力を授けます」とか言う展開。
――そう思った瞬間、目の前に光が揺らぎ、女の人がすっと現れた。
「わたしを呼び出したのは君たちなの?」
え、マジで出た。タイミング完璧すぎない?
心の中で突っ込みを入れている俺をよそに、王様はすでに片膝をつき、祈るように頭を垂れていた。
「おお、あなたが神か! わたしはニャルス王国のキャルロッテ。どうか我が国を救ってください!」
……いやいやいや。
受け入れるの早すぎでしょ。
だいいち、呼んでないし。
できたら、異世界転移なんかやめて帰りたい。
ぼくはただのモブなんだからね。
ぼくは女神(仮)に意見をしようとする。
でも、女神の目はこっちに向いていなかった。