ビリジアンテ連邦国 アンドレアス大将06
中央からの早馬だ。この連絡を待っていたのだ。
これで、ギオルグを制圧できるかもしれない。
書簡を開く手が震える。期待したカード、人質の件だ。
あれを盾にすれば、反乱は抑えられるはずだった。
だがページを追うごとに顔から血が引いていく。
収容所はなぜか空っぽだという。
人質は一人残らず消え、監守は皆殺しに遭っているらしい。
どうやって抜け出した。どんな手が使われた。
戦士でなく女子供を収容する程度の施設が、綿密な計画もなくして無人になるはずがない。
それもギオルグ族だけでなく、有力な部族の首脳部の人間の家族だ。
ウラール族やサタール族といった部族もいる。
誰かが裏で糸を引いている――その疑念が頭をよぎる。
ニャール王国単独の仕業か、あるいは帝国や共和国の影があるのか。
分からぬが、分かっているのはもう「人質」という切り札は使えないということだ。
その瞬間、実務と責任が重くのしかかる。言い訳は通じない。
もう、作戦はない。
できることは総力戦だ。全軍に侵攻の命令だ。
補給倉を開け、武器を繰り出す。私は馬に飛び乗り、幹部とともに走る。
視界に広がるのは想像していた「戦場」ではなく、秩序が粉々になった「地獄」だ。
列が乱れ、指揮官の号令は風に消え、隊長クラスは目先の保身に逃げる。
訓練も経験も形だけの者たちが、怒りと復讐に燃える農奴の手で無残に倒れていく。
それに、ニャールの銃だ。戦車だ。
遠距離から、無感情に撃ち抜く一発が何度も刺さる。
百メートル先からの攻撃に隊長の肩が赤く染まり、馬が崩れる。
馬上の指揮は瞬時に消え失せ、士気は瓦解する。
数の優位が、あっけなく意味を失っていく。
私は冷静さを保とうとするたび、内側から冷たい鉄のようなものが胸を締めつけるのを感じた。
あれだけ慎重に積み上げてきた策が、補給の遅延、指揮系の脆弱さ、そして想定外の武器によって一斉に崩れていく――指揮官としての無力感が、じわじわと疼く。
撤退を指示する。後方の師団へ退くつもりだ。合流して再編する。
それがまだ合理的な道だと自分に言い聞かせる。
だが兵たちの顔に浮かぶ絶望は、彼らを混乱に追い込む。
ビリジアンテ軍は負けたのだと思い、絶望を与えるだけだった。
地ならしのように押し寄せる騎馬隊、裂ける盾列、そこかしこで上がる断末魔。
もう、戦場のすべてを支配するのはニャール軍だった。
「アンドレアス大将だな」
――振り向くと、並走するダオウルフの姿がある。
裏切り者呼ばわりする私の言葉は空気に溶ける。
しかし、彼の瞳には怒りでも、嗤いでもない、確固たる正義の光が宿っている。
ビリジアンテがやつらの何を奪ってきたのか私は今さらながらに思い知る。
今度は我々が奪われる番だ。
「こんなことをしておまたえたちの家族がどうなるかわかっているのだろうな」
わたしはから手形を切る。もうそんなカードはないのに。
「人質の件はキャルロッテ王がなんとかしてくれているはずだ。
わたしはあの王を信じる」
私だがダオウルフの返しは鋭く、容赦なく、私の言葉を粉砕する。
「草原の狼をなめるな!」
槍の先が光り、冷たい衝撃が腹を貫いた。視界が割れ、馬の鼓動が遠ざかる。
地面が近づき、世界が回る。最後に見えたのは、空を裂くような彼らの咆哮と、崩れ落ちる我が軍の影だった。
敗戦への道は一夜にして出来上がったわけではない――怠慢と過信、民を力で押さえつけることで国を維持してきた。
それは誤りだったのだ。
貴族が国民を犠牲にして逃げる。こんな国に命をかけるものはいるのか?
ニャール軍やギオルグ軍は自分たちのために戦っている。
そんな軍にわたしたちは勝てるわけがないのだ。
落馬したわたしにダオウルフが槍を向ける。
わたしは、武器を捨て、彼らに降伏をするのだった。




