ビリジアンテ連邦国 アバドン議長05
戦場からの早馬だ。定期報告ではない。
もしかしてもう勝利の報告か。
たしかにわが軍に比べてニャール軍は弱い。
あの銃とかいうのを封じられたらそれで終わり。
それにしても速すぎる。まだ、戦争が始まって数時間だ。
ただ、伝令のその顔がやけに神妙だ。なにか、ただごとではないことがおきている。そんな感じを抱く。
使者が差し出した書簡を震える指で開くと、アンドレアス大将の朱筆が目に飛び込んだ。
読み進めるたび、頭の中の地図がぐらりと傾くような感覚に襲われる。
その内容は現実離れしていた。こちらの「銃対策」として幾重にも築いた盾の壁を、自走する鉄の馬車が一瞬で粉砕したという。
あの銃とかいう武器ではない。走る大砲。砲弾を連射し破壊を続ける大型の鉄の獣。
そんなものが現れたというのだ。それが盾列を無残に抉っている。
壁の補充が追いつかない。兵士の列が崩れ、一瞬で壁が崩壊したという。
さらに追い打ちだ。農奴軍が一斉に暴発、裏切って反乱を起こした。
粗末な農具しか支給していないはずの彼らが、五百騎以上の完全武装をした騎馬隊となり、しかも皆が鉄の武具を帯びているという。
中でもギオルグ族が虎のごとく強く、我が軍を切り裂いている。
こちらに不利な情報が次々と吐き出され、頭の中で整理が追いつかない。
追って来る報告は止まらない。ニャール軍が側背から攻めてきた。
指揮はマルス将軍、先頭に銃を持つ部隊がいる──その射程は百メートルに及び、狙撃で隊長クラスを次々と落としているという。
矢や通常の魔法が有効なのは十メートル程度、しかしこの銃は精密で速い。
至近距離では肩載せ砲が盾兵を吹き飛ばす。
アンドレアスは切実に、人質――ギオルグ族の家族――を戦場に連れてこいと要求してきた。
ならば人質を晒して屈服させる、昔ながらの抑止だ。副官に人質の移送を指示する。
しかし次に届いた情報は収容所はもぬけの殻。監守は全員殺され、人質の影は一つもないということだ。
首都の近くの収容施設だ。どうやってこんな大掛かりな脱走を、誰が成し遂げたのか。
あの臆病な衛兵たちが全滅している。計画的に、迅速に行われたに違いない。信じがたい。だが事実は冷酷だ。
脳裏に浮かぶのは、あの男──キャルロッテだ。あのテーブルを素手で叩き割った男。
銃という未知の兵器を使い、断頭台に送られる運命をひっくり返した男。
奴の掌の内で、状況が動いているのではないか。
どれほど我々が知らないひきだしを持っているのか、想像するだけで血の気が引く。
動かねばならぬ。机に据えていた戦力配分表を叩き、即座に決断を下す。
首都守備の三師団だけを残し、他の四師団を戦場へ投入する。
農奴軍を挟み討ちにし、潰す。
続いて残る七師団でニャール本国を叩く――数で押し潰す、我が国のやり方だ。
こうすれば事態を取り戻せるはずだと自分に言い聞かせる。
だがその直後に新たな書簡が届く。アンドレアスの三師団が全滅したという文字列が目に刺さる。
まだ戦争は始まったばかりだ。それなのにこの状況はなんだ。
拳を机に叩きつける。衝撃が木を鳴らし、心の内の焦燥が外へと噴き出す。
「くそっ!」
低い声が、部屋に響いた。慌て、狼狽し、しかし次の手を考えねばならない。
首都に積み上がる不安。支持層の動揺。議会の騒擾。だがそれらを整理する時間はほとんど残されていない。
戦況は既に我が想定の枠を越え、泥沼へ沈みつつある。
焦りが、冷静の仮面を裂いていくのだった。




