ビリジアンテ連邦国 アンドレアス大将05
「アンドレアス大将、大変です! 農奴軍が暴れています!」
伝令の声が耳をつんざいた。
だが報告は続き、とんでもない現実がつきつけられる。
ギオルグ族が裏切り、こちらの側面を破り始めたというのか。
冗談だろう──そう信じたかった自分が情けない。
「まさか、あいつらが。簡単に制圧できるだろう」
そう、やつらにはろくな武器は与えていない。
剣と槍は100程度、それも中古品だ。
馬も老馬を中心に20頭。
その程度のはず。
たしかに先ほどみたダオウルフの装備や馬はたいしたものだった。
しかし、あれはギオルグ族の精一杯の虚勢と考えている。
今、この状況で裏切られたのは痛い。
しかし、ギオルグの1000人程度の制圧は簡単だ。
「無理です! 騎馬が五百、歩兵も鍛えられています。
我々の正規軍も反撃していますが、相手になりません!」
若い参謀の声音に、取り繕いようのない焦りが混じる。
騎馬が500だと。どうやって用意したのだ。
それに最新の武器を持っているという。
こちらの持っている武器よりも丈夫で軽い最新の武器らしい。
「何だと! お前たちは正規軍だろう。
農民程度蹴散らすのは簡単だろう」
つい感情が先走る。だが次の報告が胸をさらに締めつけた。
「幹部の多くは中央の高官の子弟で、実戦はからっきしです。訓練も形だけ」
期待と現実の落差が胃の中で冷たい液体になって広がる。
この国の軍隊は数では圧倒してきた。それが我らの常道であり、誇りでもあった。
一斉に押し寄せれば相手は萎える??その自信が今日、静かに崩れていく。
500騎程度の騎馬隊に一万の軍が蹂躙されているのだ。
ギオルグの騎馬隊はまるで一匹の竜のようにわが軍の中央に突っ込む。
そして、そこからわが軍は崩壊していくのだ。
一度兵が逃げにかかると、軍はパニックを起こす。
逃げるものに押されて、後詰めの兵たちが押しつぶされるのだ。
さらに、別の伝令が息を切らして飛び込んでくる。
「ニャール軍が動き始めました。数は推定五千、指揮はマルス将軍。先頭には銃らしきもの、そしてあの鉄の馬車も前進中です」
──その瞬間、図面の上に描かれた戦力配分が全部、赤く染まるのを感じた。
前面の敵、側背の敵、挟まれる形。
数字上の優勢が、地形と機動性の前に意味を失い始める。
短時間のうちに、選択肢が絞られていった。
此処で無理に押し切れば、損耗は甚大になり、国内の支持は急落する。
補給線が断たれれば、我らの総力も霧散する。ならば、慎重に後退して優勢を取り戻すべきか。
冷静な判断を促す声が頭の中で渦巻くが、なかなかいい案にはたどり着けない。
「よし、後ろで控える師団と合流して体勢を立て直す。撤退の準備をしろ!」
命令を出す手に迷いはなかった。
だが、声には微かな震えが混じっていたはずだ。撤退は敗北ではない。
合理的撤退は戦術の一部だ。
しかし、ここでの撤退は将兵の士気を削いでしまう。
というかニャール軍やギオルグ軍に対する恐怖が植え付けられてしまう。
撤退準備が進むにつれ、兵たちの顔が一様に硬くなる。指揮系統の穴も、ここで露出するだろう。
兵たちは速やかに動き出した。だが、胸の奥には不吉な予感が澱のように沈んでいた。
混乱の隙間を突かれれば、我が軍団は裂け、各個撃破される。
わたしは全身の冷たさを感じながらも、地図を睨み次の手を組み立てる。
だが心の片隅で、数で押すことだけを信じてきた自分への苛立ちと、改革を怠ってきた国の上層部への怒りがじわりと膨らんでいった。
撤退の号令は出た。列は動き、熱は冷め、風が運ぶのは埃と兵の呟きだ。戦場の羅列が、一つひとつ現実に変わる。私の決断が正しかったかどうかは、ただ時間が証明する。だがすぐに、別の報告が入る──前線での食い違い、補給の遅延、そして側背から迫る騎馬の影。崩れるのはいつでも一瞬だ。
将は時に冷徹でなければならない。だが、今日の胸の奥には冷たさと共に――重たい予感が居座った。敗戦の道がゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいているのを、私は否定できなかった。




