ビリジアンテ連邦国 アンドレアス大将03
次々と報告が入る。準備完了。
各師団、配置につき、補給線は整備済み。
すべてが順調。いまこそ開戦の時──そう思った。
だが、奇妙な静けさもある。
向こうに目立った前進はない。あの小国が、ほんの一年でここまで変わるとは思えぬ。
1年前は三国への無条件降伏を口にした国だ。
短期で再起できるとは考えにくい。いや、彼らは諦めているのか。
いや、油断は禁物だ。用心深く、私はチェックを重ねる。
盾の壁は隙間なく並んでいる。報告通りだ。
農奴兵は概ね予定どおり配置されている。
特にギオルグ族が気合を入れているという。馬を用意し、訓練も始めているらしい。
愚かしい。こちらにとっては、奴らがどれほど張り切ろうと同じ。
彼らを農奴から軍への昇格はない。だが夢をみているのだろう。
開戦を命じる。前線は前進し、弓兵と魔術師が後方支援を開始する。
矢の雨が上がり、魔法陣が空に渦巻く。
届かぬ距離からの牽制で、盾の壁は前へ前へと詰める。
いずれ届くところまで前線は進む。そうなれば、向こうに手はない。
無言の歯車が噛み合う。これで砦を押し切れば、戦は終わる──そう確信した瞬間だった。
城壁の上に、異様なものが現れた。
十名ほどの兵が、長い筒を肩に載せている。
共和国でも見たことがない装備だ。筒は火を吐き、次の瞬間、盾の列が黒煙とともに吹き飛んだ。
最初は一箇所、だが二発、三発と続くごとに状況が変わる。
あれが"銃"なのか。矢や魔法とは比べものにならぬ射程と速度と貫通力だ。盾をまとっていても防げぬ。
即座に盾の壁の補充は行われる。しかし、盾が無くなる速度は補充の速度を上回る。
後方で魔術師と弓兵が攻撃しても、盾の隙間を突かれている現実は変わらない。
いままでの戦術が通じない。数の暴力で押し切れるはずの相手が、目の前で違うカタチの"破壊"を見せつけている。
「全線、突撃だ。人数で押し切れ!」
理性的な判断が一瞬欲望に飲まれる。ここで数で押し切ればいい──本能がそう囁く。
これがビリジアンテ軍の戦い方だ。部下たちはうなずき、列は動き出す。
足並みは揃っている。だがその時、城門が音を立てて開いた。
降伏か、あるいは策か──視線を向けると、大きな筒を搭載した鉄の車両が走り出してきた。
馬は曳かれていない。押されてもいない。鉄の戦車がこちらへ滑り出す――としか表現できない動きだ。
車体が止まり、砲がこちらを向く。発射。
着弾した瞬間、直径十メートルほどの地面が裂け、盾の列が一瞬で消し飛んだ。
次の砲が回転して照準を合わせ、また火を吹く。
連射だ。あの小さな筒とは次元が違う連続破壊力。
兵士たちの表情が変わる。誇り高く叫ぶ者の声が、次々に途切れていく。
補充も追いつかない。私の胸に冷たい汗が落ちる音がした。
わたしは恐怖を感じているのか。戦術は一瞬で組み替えられねばならない。だが、時間はない。
これまでの計算が崩れた。火力と機動、そして抑止の常識が覆された。
数で押せるという自信が、目の前で瓦解していく。
私の頭の中で、作戦の選択肢が一つずつ赤く点滅する。
重装甲部隊の投入、弓と魔術師の集中砲火――どれも今は使えない。
砲弾は容赦なく盾を排し続け、鉄の車両は私の目の前で次々と防衛線を吹き飛ばしていた。
驚愕と焦燥が交互に胸を突く。これが、技術の差というものか。数字の上の優位が、こんなにもはかなく崩れるとは思わなかった。
「全軍、緊急後退! 陣形を立て直せ!」
命令は震えていたかもしれない。だが、震えは部下に伝播する。
統率が乱れるのを私は耐えきれなかった。戦場は静かな恐怖に満ちている。
眼前の鉄の馬車が、私の"当然"を打ち砕いていく――そして、その音だけが、低く、長く残った。




