ギオルグ族長 ダオウルフ三世05
負けた。完敗だ。
別に油断していたわけではない。
最初は全力で叩き潰そうとした。
しかし、この結果だ。
文字どおり、土の上にあおむけに倒れて、胸の奥から素直に言葉が出た瞬間だった。
この男――キャルロッテ王は、想像以上に懐が深い。
勝負が決したとき、彼は疲れた顔で微笑み、こちらの手を真っ直ぐ差し伸べた。
その仕草に、嘘や計略の匂いはなかった。
言葉だけで取り繕う者なら、あの笑顔は浮ついて見えただろう。
しかし彼の目は落ち着いていて、腹の据わりが違う。
戦勝だけを見ているのではなく、その先の未来を見据えている──そんな気配がしたのだ。
「下とか、そういうのじゃなくて、あくまで仲間になってください」
彼は困ったように言ったが、その声に嘘はない。
本心だろう。むろん、我らギオルグは独立の誇りを重んじる。
だが、族の運命を思えば、ただ感情で動くわけにはいかぬ。彼の用意する馬と武具、そして家族救出の約束。
それらは部族の未来を変える。この王ならやってくれる。
わたしは彼の差し出す手を固く握りしめ、立ち上がった。
「武器と馬は明日にも届けます。家族の救出も手をうっています」
彼の言葉は軽々しくはない。約束には具体性があった。
特殊部隊の動き、供給の段取り、戦後の自治案――どれも現実的だ。
族長としての理性が、彼の誠意を受け入れた。
「わたしたちは王に命を預けます」
わたしの言葉は短い祈りにも似ていた。
だが王は大げさに笑い、猫を抱き直して肩をすくめた。
なぜ猫を抱いているのか――その疑問は頭の隅にひっかかる。
好みなのか、何かの儀礼か。どうでもいいことだが、妙に気になる。
だが今は詳細を問うべき時ではない。
「そろそろ昼です。よろしければ一緒にどうですか?」
王は護衛に合図を送り、目の前の地面に布を広げ始めた。
すると側近がバックから次々と品物をニャール王国の秘密の道具ストレージバッグだという。
別の空間に繋がっていて容量が尋常ではない。
あっという間に、十人分はあろう料理と酒が並ぶ。
こんなものがあれば武器を大量に運べるというのも納得できる。
「ニャール王国の料理です。お口に合えば幸いです」
王がそう言って勧めると、わたしは礼をして席についた。
部下たちもこちらに促され、膝を突いて食をともにする。
荒い戦士の顔が、次第にほころんでいくのが見える。
腹が満たされると、人は少しずつ心も開く。
王の側近たちも手際よく皿を配り、笑い声がテントに満ちた。
何より印象的だったのは、王が我々一人一人に気を配ることだ。
肩書きや地位で差別するでもなく、食べ手の好みをさりげなく聞き、酒を注ぎ、冗談を返す。
なぜか王の前にでるといろいろとしゃべってしまう。
聞くのが上手いのだ。
部下たちも王の人間性に心を許したようだった。
食事が終わるころ、わたしの胸には決意が澄んでいた。
この王と手を結ぶことは、単なる利害関係の結びつきではない。
失われた誇りを取り戻すための道である。
それだけではなく俺がキャルロッテ王に惚れたのだ。
仲間というが、俺は王の下につく。
この人のために命をかけよう。
この人にはそれだけの価値がある。
猫のことは、結局最後まで聞けなかった。
だがそれも構わない。
今は戦を控え、家族を取り戻すこと、王のために働くこと。
それ以外考えなくていい。
わたしは薄く笑って杯を重ね、仲間たちと肩を並べた。
拳の中にあるのは、古い誇りと新しい約束。それを守るために、わたしは立つという決意だった。




