比留間明夫18
「もうひとつ問題がある」
ダオウルフさんの顔が、一気に険しくなる。
ああそうか、やっぱり来るよね、家族人質の話。
コヨミがアカシックレコードで調べてくれたので、全貌は把握できている。
戦争ってのはロマンより現実が圧倒的に重い。
遊牧民ってのは誇り高い。味方にしても脅威になるから、ビリジアンテは用心深して、族長や有力者の家族を人質にしている。
しかも「どこにいるか分からない」程度に厳重で、取り返せないようにしてある。
しかし、その秘密の場所もキャットGPTがその居場所も簡単に把握しててくれた。
それだけでなく、救出作戦まで考えてくれたのだ。
特殊部隊が既に動いてくれている。
銃持ちの近代兵、剣の達人、魔導士も混じったような"最強チーム"だってさ。
それが、コヨミの用意したゲートまで人質を誘導してくれるのだ。
「ダオウルフさん、安心してください。特殊部隊が動いています。収容施設はグリゴー北部です。たぶん大丈夫ですよ」
ぼくはできるだけ落ち着いた声で伝える。
内心はバクバクだけど、交渉はテンポが命。短い沈黙の後、族長の眉が少し緩んだ。
戦後の家族のことも聞かれる。そりゃ聞くよな。農奴のままじゃ意味がない。
で、ぼくは素直に言った。ビリジアンテ北部の草原を与えて、そこを治めてもらう。
君たちの騎馬隊はわが国にとって宝となる、畜産や放牧の技術は王国内でハンパなく価値がある。
互恵だよ、互恵。WINWINってやつ。彼は黙って聞いていた。
――そしたら唐突に、ダオウルフさんが言った。
「すまないが、最後にもうひとつだけ条件があるんだ。これは我らのしきたりだ。
臆病者の傘下には入ることはできない。
だから、わたしと相撲で勝負しろ。勝てば、あなたの傘下に入る。」
は? 相撲? まじで?
子供のころに遊びで取ったことはある。
だが相手はプロ級のヘビー級。あの岩みたいな胸板と腹筋六つに割れた身体、目の前で脱がれると正直引く。
こっちは白みがかったぶよぶよの中年腹。勝てる気がしない。
「しかたありません。勝てるとは思いませんが」
ぼくは上半身の服を脱ぐ。どうなるかなんてわからない。
でも、いままでのビジネス経験ではこういう当たって砕けろ的なことはやってきた。
ここは逃げてはだめだ。ぼくのビジネス勘がそう言っている。
彼も羽織っている上着を脱ぐ。筋肉が光る。鼓動が早くなる。
体格体形の差に冷や汗が出る。
そんなにないのだろうけど、2倍くらいの体格差に思える。
まるで大人と子供みたいな。
「いつでも来い」
彼は笑う。笑顔に含まれるのは威圧と期待。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ぼくは半笑いで言うと、地面に手をつき、低く構えた。
ここで引いたら交渉は終わる。
「よし」
ダオウルフさんが前に一歩出る。彼の重心が低くなるのが見える。プロの構えだ。
やはり本気だ。隙はない。
負けてやろうって感じではないのだ。
これはガチでやるしかない。
ぼくは小さく笑って、勢いよく前へ飛び込んだ。




