ビリジアンテ連邦国 アンドレアス大将02
そろそろ砦に着くころだ――そう直感した瞬間、馬車のカーテンをそっと開けた。
朝靄の向こうに、砦の影が大きくなってくる。
兵たちは先行して本陣を設営し、鉄の壁を組み上げる作業に没頭していた。
槌の音、金属の擦れる匂い。現場の空気は戦場のそれだ。
伝令からの報告は一時間ごとに届く。現時点で相手に大きな動きはないという。
普通なら、我が軍がこんな大がかりな盾壁を作っていれば、奇襲でも仕掛けてくるはずだ。だが向こうは静かだ。
もしかすると、我が軍の数に怯えているのか――いや、ニャール人は勇壮で知られる。
過去の小競り合いで何度もそれを見せつけてきた。彼らはただコマのように動くのではない。
目的を理解し、自らの役割を見つけ、時には決死隊として突っ込む。現場でカイゼンが行われる。
だからこそ、数の優位が必ずしも勝利を保証しないのだ。
我が軍が擁する兵は三十万。相手は三万ほどと聞く。
数が十倍――数字だけなら圧倒的だ。しかし、被害率を無視すると国はもたない。
戦果は取り戻せても、消耗した民の信頼は戻らない。だから私は「速さ」と「効率」を重視する。無駄な犠牲は許されない。
今回の主兵装は「鉄の壁」。議長アバドンの提案であった。
あの講和会議で披露された"銃"に対抗するための答えだ。銃は小型で、詠唱も不要、弓矢よりも速い弾丸を放つらしい。
あの帝国一の剣豪シオンさえ足を射抜かれたという噂は、我々幕僚の間でも動揺をもたらした。
だが解析の結果、銃には製造のボトルネックがある。
精密に作る必要があり、職人が一丁ずつ鍛えるしかない。
つまり大量配備は難しい。情報筋は二百挺が限界だと報じる。
銃の長所は速さと取り回し。しかし短所もある。射程は限定的で、貫通力は高いが「一点攻撃」に特化している。
範囲攻撃はできないし、重装甲を貫徹するほど万能ではない。そ
こで我が軍は「鉄の壁」で対処する。超大型の盾を連結して「動く壁」とし、前進する。
盾の背後から弓と魔法を叩き込み、射程外から敵を削り取る。歩を止めず、盾を繋ぎ、隙を与えない。
馬 車が止まり、扉が開くと――目の前に整然と並ぶ盾の列が広がっていた。
屋根付きの盾が無数に縦に並び、まるで鋼鉄の竜の鱗のようだ。
訓練された兵たちの動きは一糸乱れぬ精度を示し、盾は人の意志に合わせて滑るように方向を変える。
ここまでくるには鍛錬と時間が必要だった。盾の制作だけでなく、それを「生物のように動かす」訓練に何度も夜を費やしたのだ。
私は馬車を降り、一列に並ぶ兵士たちの顔を見渡す。疲労はあるが、目に宿る光は揺るがない。
計画どおりに動けば、負けるはずはない。指揮系統は整い、補給路も確保した。諸将の顔にも覚悟が宿っている。
満足感が胸を満たす。兵器の性能も陣形も、すべてが噛み合えば勝利は現実になる。
ただ――油断は禁物だ。戦はいつだって予想を裏切るものだ。
敵の勇気と地の利、そして未知の工夫。いくつもの不確定要素が私たちを試すだろう。
しかしそのために、我々は準備をしてきた。盾は並び、人は鍛えられ、計画は練り上げられている。
私はゆっくり頷き、本部のテントへと足を運んだ。
幕の奥では将軍たちが地図を広げ、最後の確認をしているはずだ。
槍先のように研ぎ澄まされた指示を出し、正確に動かす――それが大将の役目だ。
さあ、鉄の壁は動き出す。明日の朝日は、我らが進撃を照らすだろう。




