ビリジアンテ連邦国 アバドン議長03
ベリアード帝の親衛隊長――シオンが膝をついた。
足を何かで撃たれたように見える。瞬時の出来事だった。
シオンはガルバン帝国が誇る猛者であり、かつては冒険者として幾多の戦場を渡り歩いた人物だ。
百人斬りに等しい働きを単騎で成し遂げる男が、抵抗もままならぬまま跪く光景
――それだけでこの場のバランスは崩れた。
私はそっと自分の護衛に耳打ちした。
「ここを抜け出せるか?」
答えは首を横に振る一瞬の動作。つまり、いやに短い回答だった。やはり駄目か。
黒い鉄塊――王が懐から取り出したそれが、何かを発射しているらしい。
だが問題は二点だ。発射までの速度が異常に速いこと、そして機構が小型でモーションが読み取りにくいことだ。魔法や弓矢のように詠唱や弦を引く動作がない。
回避のための猶予がほとんどない。
もしこれが王専用の珍兵器ならまだしも、量産可能なら戦争の在り方が変わる。
これまで戦場の鍵を握ってきた「一騎当千の兵士」たちの価値が激減する。
老若男女問わず扱える遠距離瞬間殺傷装置が普及すれば、戦争は全く新しい様相を呈する。
我々の戦略は、「強者を育て、強者に頼る」ことだった。だがこの武具はその前提を根底から否定する。
……そう判断した時点で、我々の残された選択肢は少なかった。ここでの主導権は、確かにキャルロッテ王に移ったのだ。
ヴィルヘルムが静かに問いかける。
「それで、我々はどうなるのかな?」
なるほど。王が狂気の沙汰で我々を粛清すれば国際的非難を浴びる。
だから王が本当にそこまで極端なことをするとは考えにくい。恐らくは「生かすことを条件に譲歩を得る」程度だろう――と私は読む。
だがキャルロッテの返答は、予想よりもずっと簡潔だった。
「どうもしませんよ。これで帰っていただいて結構です」
その声には不思議な平静がある。だが続けて王はさらに言った。
「あなた方に人質としての価値なんてありませんよ。とにかく、我が国を分割するのはなし。それと私の断頭台もなしにします。我が国は自分で立ち直ります。他国の助力は必要ありません」
微笑を浮かべる彼の顔を、私はじっと見据える。言葉の重みと、言葉の裏にある強さを測る。あの微笑みに含まれるのは、ただの憐憫でもない。何か確信めいたものだ。――そして、その確信を支えるのが、先ほどの武具なのだろう。
会議室の扉が開き、我々は席を立ち退く。出て行こうとする我々の前で、王側の兵士が銃を構え、確実に牽制線を敷く。退路を完全に封じるわけではないが、容易に離れては行かせない意思は明確だ。
私は即座に状況を再計算する。外交のカード、軍の配置、国民の反応、そして時間。
結論はひとつ――いまこちらが感情に突っ走って無理をすれば、取り返しのつかない事態を招く。だが、手をこまねいていても失うものがある。慎重に、だが断固として動くべきだ。
私は顎を引き、低い声で従者に命じる。
「戻れ。まずは一歩下がって各国と通信を確保せよ。報告を受け次第、行動する」
外に出たときのシナリオを頭の中で組み立てる。兵器の正体、王の意図、各国民の反応。想定外の要素が一つ増えた――だが、誰もが驚いた"あの一撃"の意味を、私は決して軽んじない。
会議場を離れながらも、私は冷徹に計算を続ける。やつが使った"黒い塊"をどう解析し、どう制御し、どう迎え撃つか。戦は知恵のぶつかり合いでもある。愚かに笑った者たちの代償を、私は必ず取り戻すつもりだ。




