比留間明夫09
「ところで、その膝の上のものはなんですか?」
アバドン議長が眉をひそめる。
「猫ですよ。かわいいでしょ」
ぼくは目を細めて返す。
「いや、この重要な会議に必要なものですかな」
「ええ、わたしにとっては必要です。
わたしは気が小さいんですよ。こうやって猫を抱いていると、すごく落ち着くんです」
――もちろん、本当はキャットGPTがないと生き延びられないからだ。
「しかし、これは重大な会議ですよ。猫を抱いているなど、いくらなんでも……」
「まあまあ、いいじゃないですか。わたしも猫が好きでね、わかりますよ」
ヴィルヘルムが口を挟む。
お、来たな。マウント合戦。
自分を"度量の広い指導者"に見せたいのだろう。
「わたしも猫は好きだぞ。好きにするといい。
ビリジアンテの、これくらい多めに見てやれ」
大帝ベリアードも追随する。
「いや、べつにわたしは気にしないのですがね。
ただ、先例がないので少し戸惑っただけです。
猫を抱いているくらい、いいでしょう」
アバドンはわざとらしく引き下がる。
――なるほど。
つまり三人とも、ぼくのことを"まともな相手じゃない"と見ている。
敵はニャルス王国ではなく、互いの大国同士だと。
思惑通り、ぼくを甘ちゃんのまま放置してくれるつもりらしい。
「それでは、ニャルス王国の支援について話し合いましょう。
まず現状を分析しましたが、大変まずい状況です。
先代王の無茶な戦力拡大路線により財政は破綻状態。
生産も兵器優先で生活基盤が弱りきっている。
通貨も暴落し、自力での再建は不可能でしょう」
ヴィルヘルム大統領が口火を切った。
「そうですね。支援による復興も難しいでしょう。
しかし国民のために非戦降伏をしたキャルロッテ王の決断には、いたく感動しました。
そこで、わがビリジアンテもできる限りのことをさせていただきます」
アバドンが芝居がかった口調で続ける。
「そうだな。だが、支援だけでは根本的な解決にならん。
やはり、この国を分割するしかないだろう」
ベリアード大帝の言葉に、二人がそろってうなずく。
こうして、ニャルス王国の分割統治をめぐる議論が始まった。
……そして、ぼくの正念場も。