比留間明夫08
「ようこそ、ニャルス城へ」
ぼくは微笑みながら、堂々と入室してきた首脳たちに挨拶を投げかけた。
引きつりそうな頬を、サラリーマン時代に鍛えた"ビジネススマイル"で無理やり固定する。
長年の会社勤めで身につけた接待マナーが、まさか異世界で役立つとは思わなかった。
「わたしが王のキャルロッテです。本日はよろしくお願いします」
深く頭を下げる。
「どうぞおかけください」
従者が首脳たちを席に案内していく。
用意された立札と照らし合わせながら、ぼくは相手を心に刻む。
一番大柄で武骨な顔――ベリアード大帝。
一番小柄で鋭い目つき――ヴィルヘルム大統領。
一番ふくよかで威圧感のある――アバドン議長。
なるほど、みんな見た目からしてクセが強い。
ぼくは笑顔を崩さない。が、心臓はバクバクだ。
相手は歴戦の支配者。こっちはただのおっさん。
格の違いは歴然だ。
そのとき、胸に抱いたコヨミから心の声が流れ込んでくる。
――「なんだ、この王は腰が低いぞ?」
――「先代ベルナールとはまるで別人だ」
――「扱いやすいな」
なるほど。彼らはぼくを"甘ちゃん"と見ている。
だが同時に、ビジネスマン的な低姿勢が好印象に映っているらしい。
キャットGPTによれば、その効果は"10倍増し"。
向こうでのぼくの弱点が、こっちでは強みに変わっているわけだ。
「丁重なご挨拶、ありがとうございます。キャルロッテ王はなかなかの人物のようですね。先代王と違って」
ヴィルヘルムがにやりと笑い、握手を求めてくる。
「いえ、まだ青二才ですよ」
ぼくは右手を差し出し、相手の視線をまっすぐ受け止めた。
「それにしても、いい決断をしてくれた。無駄な戦争をしなくて済んだ。礼を言う」
ベリアード大帝が大きな手を差し伸べてきた。
「ええ、国民のことを……よろしくお願いします」
両手で包み込むように握手。汗で手のひらがじっとりしているのが自分でもわかる。
「もちろん。我が国の国民として、分け隔てなく遇しましょう」
最後にアバドン議長とも手を交わす。
だがキャットGPTは即座に翻訳する。
――「労働力としてこき使ってやろう」
……本音はやっぱりこれか。
ぼくは心の動揺を必死で隠し、にこやかに口を開く。
「それでは、今後の我が国のことについて、話し合いましょう」
にっこり笑いながら、胃のあたりに冷たい汗が伝う。
これから始まるのは、王国の未来と、ぼく自身の首をかけたサバイバル交渉だ。