比留間明夫06
やっぱり降伏はすべきじゃない。
コヨミと何度も話し合った末に、そう結論づけた。
この世界に来ていろいろ試してみたが、特別な力なんて大してないこともわかっている。
たしかに健康は取り戻した。
長年の持病だったひざの痛みも消え、胃腸も快調だ。
頭もすっきりしていて、全力疾走や懸垂だってできる。
たぶん、これが「能力10倍」の効果なんだろう。
ただ、鏡に映る自分は相変わらずの中年男のまま。
見た目が変わらないのは、なんだか詐欺にあった気分だ。
もうひとつ、この世界に来てわかったことがある。
それは、コヨミの扱い方だ。
アカシックレコードを授かっているとはいえ、コヨミはただの猫。
食って、寝て、気まぐれに遊ぶ。
王家の飼い猫として生きてきただけ。
だが人間が触れれば、その力は本物になる。
問いかけに、的確に答えてくれる。
まるで、あっちの世界でいう高性能AI。
ぼくは冗談めかして「キャットGPT」と呼ぶことにした。
ただし条件がある――抱き上げていなければならない。
触れている間だけ、コヨミとテレパシーで会話できるのだ。
できることなら、交渉でも使いたい。
でも、会議の場で猫を抱いていたらどう見られる?
ふざけていると思われないだろうか。
「だいじょうぶにゃん。怒らせたらいいにゃん」
独り言みたいな声にも、キャットGPTはきちんと答えてくれる。
そうだ。次の会議では、世紀のちゃぶ台返しをしなければならない。
でなければ即、断頭台行きだ。
猫を抱いている程度で怒ってくれるなら、むしろ好都合だ。
ぼくはもともと、人をいらだたせるのは得意だ。
会社でクレーム処理を任されたときも、よく使った手だ。
怒りはそう長く続くものじゃない。
一説によれば六秒しか持たないという。
感情が燃え尽きるのを待ち、少しずつこちらの主張を差し込む。
そうして相手を落ち着かせ、最終的にはこちらの土俵に引きずり込む。
「では、会議での作戦を考えてくれ」
「わかったにゃん」
キャットGPTは小さな声で、それでも確信に満ちた調子で、会議での作戦を語りはじめた。
ぼくは猫を抱きしめながら、その声に耳を傾けた