ガルバン帝国 ベリアード大帝12
ローブの男――悪魔族の大魔導メフィアスが、静かに前へ進み出た。
そして、杖を掲げると同時に低く呪文を唱え始める。
空気が変わる。
風が止み、砂粒ひとつが浮かび上がるほどの圧力。
魔族の"真の魔法"――人の理を超えた、大規模魔法の発動だ。
これこそが、魔族が人間を"家畜"と呼ぶ理由。
我らの呪文など、せいぜい火を灯す程度。
だが、やつらの魔法は――世界そのものを書き換える。
文明の発展も、鉄や火薬の力も、この一撃の前ではただの戯れに過ぎぬ。
この地上で最も古く、最も恐ろしい兵器だ。
戦車の真上に、赤黒い光を放つ魔法陣が浮かび上がる。
ひとつ、ふたつ……いや、三重、四重と重なっていく。
まるで天を貫く塔のように、光の円が積み重なり、唸りを上げ始めた。
「ほう……これは、最大規模だな」
思わず声が漏れる。
緒戦で最大火力を放つつもりか。
慎重さに欠けるが、確実に"見せ場"にはなる。
奴らなりに、我が軍に恩を売りたいのだろう。
次の瞬間、魔法陣が裂け、地獄の口が開いた。
落ちてきたのは炎――いや、"マグマ"だった。
燃え上がるというより、這いずるように戦車を飲み込み、鉄を溶かしていく。
やがて、轟音。
爆炎が空を焦がし、あたりの兵が思わず顔を背ける。
中に積まれていた火薬が誘爆したのだろう。
黒煙が立ちのぼり、戦車は見る影もなく崩れ落ちた。
「……ふむ。なるほど。派手なものだ」
口元に笑みを浮かべる。
だが、内心は冷静だ。
確かに強力ではあるが、これで終わりではない。
あの鉄の化け物は、まだあと数台いる。
だが、"最強"の幻想を崩せた時点で、勝ちは見えた。
その時、隣の幼女――リザベルがぴょんと一歩前に出た。
地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
黒い石畳がひび割れ、そこから何かが這い出してくる。
――巨躯。
岩を積み上げたような腕、赤い光を放つ眼窩。
ゴーレムだ。しかも戦車より一回り大きい。
「おお……これもまた古代の産物か」
わたしは軍配を軽く握り直した。
岩の巨人は、戦車の砲身を掴み、ぎり、とねじり上げる。
鋼鉄の砲が、まるで粘土のように曲がっていく。
そして、巨腕を振り下ろした。
鈍い衝撃音が大地を伝い、戦車の装甲が歪む。
続けざまに、ゴーレムは戦車を持ち上げ――投げ飛ばした。
戦車は地面を滑り、横倒しになる。
その瞬間、兵の間から歓声が上がった。
わたしは黙ってその光景を見下ろしながら、
ゆっくりと軍配を掲げた。
「……いいぞ。その調子だ。
あと三台。すべて沈めろ。
戦車が沈めば、砦も落ちる。
そして、この戦も終わる」
唇の端が自然と上がった。
炎と煙の向こうに、勝利の輪郭が見えた気がした。
――もっとも、それが"幻"でないといいがな。




