74、「―光―」ミヘル・アントレア
”そうそう、そこが図解釈という方法だよ”
”そう?そこは筆解釈で十分示せる筈かと”
”筆解釈は単なる磁石と路系図に過ぎない”
”路系図なら唯々、円回りに漂うだけなの”
「お前は私にとって張り合いのある人物だったよ・・・」
新天地パヘクワード。そこで私はジグルという人物と出逢った。あの新天地計画という闇はまるで運命の歯車のように長く忘れていた光を灯す旅になるとも考えてしまうほどの出来事だった。あの時の私はまだ貴族の作法しか知らない16歳の少女だった。
王国の命とあらば急な要件で駆り出される事もある。だが私の場合、競技と作法のことなら理解するが政治交渉となると怯え何から手を付けていいのか分からず孤独を感じてしまうのだった。
そんな私に声を掛けたのがライズ・フォングランではなく、お前、“ジグル・ウィナート”だったのが私の趣旨となる“学問・推理”において信頼と喜びを与えていたのかも知れない。現にディズにも私に似たような感覚があった。
『ママぁ~おしっこもれちゃうよォ!トイレ、交代っ!はやく!』
『お母さん?何だかボクのアレが無くて。ボクは一体・・・何を?』
私は新天地計画どころか、貴方達が何者かを覚えようとしていた。特にイーター・アマテという女性は私をまるで幼子のような感覚で話し掛けては突き放す。しかしライズは危険を冒してでも私の使命と目的を何かと思い出させてくれるような彷彿感を与えてくれた。
だがジグル、お前だけは私の頭脳よりも迷いがあり何かと世話を焼かせ、自らの行いを省みず人を保つかのような偽善者だった。32歳の男がなぜ16歳の少女に質問を繰返し手直しまで求めてくるのか当時は理解できなかった。
その言葉という意志から虚無すらも与える闇を感じていたから逆に構ってあげていたというのか。現にディズはその点、実直さがあり私とそっくりだった。断じて親馬鹿ではない。
「報告書:これよりウィナート家はモノゴトリー協会の管轄下で」
「追伸:ボクは現場指導員となって今、好きな人と付き合っています」
新天地計画というのは国と国同士で手を取り合い、虹の鉱石の行く末を鑑み、次の先導地を目指すことを筆頭に挙げられていた。それは私にとって初体験で重荷と感じられてしまうような感触を覚えさせた。
もしかすると私達は空に浮かぶ淡白い大きな星へと向かうのでは、と想像させるほどにも頭や胸に圧迫感を与えてくる。花や動物、虫等の生命まで色も形も変えてしまうような怒りさえも感じさせた。
以上が私の抱く新天地計画の印象であるのにジグルは私に唯々、国の動向と印象、疑問点を調べさせ休息を与えてくれない。私はライズに導かれるようにあの冷たい空の風に乗ってその歩みを進める目的だったのに何かと無理難題を求めてきた。
“1文字から365項に纏めろ、これは計算における分散式だ”
“この10字を紙20枚2,236字の内容に作れ”
”これは政治における凡例調査だ”
“このワインと僕特性の毒で皆の抗体となれ”
”これは身体における記憶操作だ”
“100キロメートル先の地で情報収集をしろ”
”これは計画における隠密行動だ”
お前は“自ら作成した資料に従って動けば楽になる”などと用立ててくる。だが、実際は自らの手間を省いた効率性だと理解させるが、考察すればそこまで行動する必要はなかった。
だからディズはジグル・ウィナートという人物像など理解できず自らの弱点を克服してきたのだろう。
そして私のように、時には分散し、凡例的に動き、記憶を確かめ、行動を起こすのだ。
『数日前メイズ・アン・ファッショナーの店員ライズ―ボクの弱点を再評価―昨日、彼女の両親の許可を得られ―以前よりも記憶がハッキリと―父の日誌を読もうと―それでサンシャイン現象と―アレも人工細胞で―だけど―』
――う~ん、何というか・・・
―――なぜ、父を知るほど、ボクは覚えられなくなるの?
それは間違いだった。ディズには確かな身体記憶能力が測定されている。故にそのような理解を通り越して覚えてしまうなど在ってはならない事だ。新天地計画の時も同じだった。既にジグルはダイヴァー国王へ“新天地計画とは虹の鉱石を横取りするための話し合いだ”とマジェス王を語り知らせていた。
それだけではない。カーフ王女には“私マジェスは貴女へ虹の鉱石に眠る力を与える”と代官し、ギュネズ王には“新たな新天地へ民を導くが王の身内が選ばれた”と手記を与え、ダネル皇妃殿下には“虹の鉱石による超自然の技術を提供する用意がある”という王国エイドカントリーズの真意を損なう闇のような手引きを遂行していたのだった。
私の貴族という教えはそれを“汚れ”と示した。まず記憶不能なのだ。次にそこに陣取り、暗示、道理、提携という名の作法すら見当たらないのだから当然知ることも覚えるのにも無理がある。その点ライズは・・・
“ミヘル、すまない。
俺の居ない間だけ彼女を、国を支えていてくれ・・・”
“お前だけが唯一若く洗礼された知識と経験を持つ。
ジグルに任せていては・・・”
“手遅れだ・・・この大陸を
あの星まで動かす技術を手に入れて・・・”
“この王国は闇だよ。だからミヘルだけ先に
ライト・オブ・ホールを抜け、真実を”
支援、人選、技能、委託。仲間を信頼してこその行い、その言動は先導者そのもの。
お前のせいでどれほどライズが苦悩しスタヴァ―様を置いてまで訂正を入れていたのか。そのようにジグル・ウィナートという人物は国々をも手玉に動かす程の才を手に入れておきながら、各国の民にまでその匂いを窺わせる程に手をまわしていた。
その時は漏れたよ。そんな男の姿に脅威と恐怖すら感じさせられたのだから。
“いいなぁ、キミは。堂々と胸を張っていいんだよ~
僕は嫌だけどね?”
“僕に付いてきて、その調査の内容を
マジェス王でなく議員へ送ってほしい”
“ねぇ、僕のどこが好きなの?あ、そこの本。
ここ?それともコレ?よし、見つけた”
“ミヘル、君だけは僕の研究と魂との共鳴を
唯一理解してくれている女性だよ?”
虚勢、陰謀、性癖、依存。自らを目指してこその行い、その言動は策士そのもの。
私はそんな寂しい男から直感だけを頼りに体が“逃げろ”と動かした。それは彼に近付いても突き放されるだけだから興味を抱けば次は怖くなるだけだった。だが、私が25歳の時に訪れた幼いライト・オブ・ホールが起点でその間違いに気付けた。
そこで最古のブレトル、畏怖の相木俊郎という世界線を漂う魂との交信を得なければジグルの策略に気付けなかっただろう。それでも執拗に私を責める彼に抵抗できなかった自分にも非があった。
“ジグル、貴方は何故こんなにも皆と違う事をするの?
で、これ頼まれたモノ”
“ありがとう。理由は皆が違うから。違うというのは
只の個性だからミヘルを選んだ”
先を見越してのその表情と答えは自身を失っている。誰の命でもなく自ら選んだ意志だ。パヘクワードが崩れる因は闇の住人のダーク・オブ・ホールで、それが先代の王から議員として招かれて七つの騎士のような機械生命体を発明していたことと、それ等を欺いたジグルの人工生命体の発案、いや闇との盟約だった・・・9年間も掛かった。
遅すぎたのだ。だからスタヴァ―様が“彼は危険生物、頭脳だけで話している”と示すのだ。
“私は貴女の恋人を知っています。でもその人物は
この世界線には訪れないでしょう”
“貴女の元の魂はブレトルという王のモノ。
それが別次元と干渉したのです”
“その剣技は護身術?素晴らしい、
私は貴女と一体となったのですね!”
“議員に闇を感じるの。特にジグルはまるで畏怖の予兆のよう――”
――ミヘル、どうか国を、ライズを助けて!――
「既に遅いけどその思い伝わるのだろうか」
慈愛、感謝、協調、予測。全てを見計らってこその行い、その言動は意志そのもの。
それはとても痛くて小さな彼女が耐えるには余りにも辛い経験だったと思う・・・生まれて初めて味わうその苦痛は、言い難いモノだった事を誰かに伝えたかったのだろう。だけどそんなスタヴァ―様が労をねぎらい私に手を差し伸べた。
なのにその相手が彼自身だけと感応する。彼こそ初めての誰かで手掛かりとなる私の切符。彼はそこで唯一頼れたし、私と同等の悩みを抱える矛盾なき存在だったと記憶している。だが裏切りは偽りの言葉。
それがジグル・ウィナートという人物像だと再び見誤るとは・・・。
“ふふ、へはははは・・・才と業とはこういうモノなんだ~~”
“ミヘルぅ~!確定、要素、定義、献身、なんて凄いんだキミはぁ”
“あの雲、僕の―、ママのおっぱい!僕の―・・お母さんのお乳ぃ”
“ほんとうに・・・、とても、そっくりだ・・・傷がハァ、ウッ!”
多様な人格を“魅せる”ジグル・ウィナート。ライズ・フォングランの幼馴染。またはインシュビ―と臣子道彦の魂を引き継ぎし闇。または曲泉の世界線、次元フォレスにて魂を分離。または親の愛を求めし失敗作、出来損ない。
眩き王ブレトルの息子として闇の女王フォダネスの腹から産まれ光の王として崇められていた。神の意志として誕生したモノではなく何処からか現れ、寄生した危険生物・・・、バケモノ・・・だ・・・!
―パキッ、パチ・・・ゴゥ~・・・パチ、チ・・・―
“スッ・・・一つ聞く。貴方は貴族の出ではないの?”
“僕は捨てられたんだ。這い上がったよ。
でもね、そこには何もなかった”
“グッ・・・次に無いモノへ縋ったとしても、
そこへ辿り着くには何が必要なの?”
“少年だった頃に、貧しい人、争いを繰り広げた跡地、
そこで必要なのは泥と水”
“クルッ・・・そして貴方は泥で身を隠し、
水で身を清めた?それは何のため?”
“抑えられない焦り、不安、貧しさ、恐れ、絶望を隠した。
希望、切願は水で流した”
―パチッ、チッ・・・ボォゥ・・・パキ、パチ―ッ―
闇に囚われたか。この男はバケモノらしく地面に座り膝を汲んでしまう。瞼は動かない。
その眼は暖炉をただ見つめ眩い光をも遮ってしまう。弱く、惨めで、自己肯定感など与えないこの暗闇には光さえ見えてこない。このモノの掲げる望みに抱かれ続け初めて見せるその姿、唇を我が腕に吸わせるその姿は少女から大人にしたモノとは到底思えなかった、少年そのものの姿。
この時、私は27歳を迎えていた。お互い地にひれ伏した虫のままだ。私は暖炉の傍にある剣を炎の傍でかざす。彼等の犠牲が脳裏で蘇ってくる。コイツの闇たるモノが膨らむ前に介抱しておきたい。もはや闇、糸で操られし人形なのだ。
――時は過ぎてゆく。
この闇の魔道をも操る醜い人形。何故皆このような形で称賛を与えてしまうのだろう。
イーターも身を許した。密偵を行ったところ人形は虹の鉱石を粉末にし、自らの体液を混入させ彼女へ手を施していた。イーターは喜んだ。だがその眼は儚くも曇っていた。
ライズも居ない。人形が新天地計画の各代表をマジェス殿下としてそそのかしていた為に、彼はその汚名返上へと向かった。それと同時に地上大陸ランガスモー並びに新天地パヘクワードの変動が起きる事を踏まえ早期な計画遂行を願いに出たのだ。だが闇である魔道宗教によって阻止されダーク・オブ・ホールによって世界は壊滅したのだった。
スタヴァ―様も魔女イデアとして公開処刑。これによって民は議員達と七つの騎士を以って新たなる王を迎えた。侍女は『もはやあの光さえ帰って来ないのか』と嘆く。それは私も同感だ。優しくも情に溢れていた庭園は苔やカビに浸食され光すらも通さなくなった。
しかも食用となるモノは日光を浴びられず腐るし、水もないから直ぐに枯れる。それで僅かな保存食で空腹を補うしかないのに人形と議員達は多忙と言って別室へ籠る日々だ。
輝いていた世界は闇へと変わる。だったら私の方で始末しよう。
ライズとの合流となるこの日、28歳となる朝に私は決意した。剣士の称号も捨て代わりに白く厚手の上着、茶黄色の下着衣装、ベルト、赤い子袋とナイフを着ける。そしてジグルと言う人形が未だに置かれている。
イーターは連れてくるように言っていたが、齢43年もの人形が私の頭脳を漁り続けるため、この王国が闇で支配されるのを見送るしかない。どうせ変容を迎えるのなら、寝床で荒ぶる怪物など放っておいてはいけないと思う。
仮にもコレは新王国殿下であるのだから、先代ならびに亡き皇女の責任でも取ってもらうとしよう。
“ムク・・・う、うぅ~~ん、あ?ミ・ヘ・ルなのか?”
そら、
私を見て早速寝床から起き上がった。
私を見ると興奮するのだろう?
“―ふふふクククゥ~・・・王の騎士となれィ、
我が頭脳よォ~!ガバッ――”
では遠慮なく儀式を遂行する・・・チャキッ
―――僕はキミの光となる男さぁ―・・・う“っ!?
ブシュウウゥ―ああぁ―がッ―マ・・・まぁ?
―ザクッ―ドッ、ドスッ
ドサァァ―、パサッ、フキフキ・・・シュッ、ピィッ―
・・・ドクドク・・・
私は後悔していない。ライズへ導かれた事、そこで仲間として行動を共にしていた事も寛大な称号さえ与えてもくれた事を。だから私はライト・オブ・ホールへ身を任せるのだ。これで次代へ怪物の“闇”を宿さないように絶望しなくとも済むようになった。
“来たかミヘル。お前、少し太ったなァ”
“ライズの馬鹿、ミヘルも年頃なのよ!”
“それでアイツは―うっ?少し匂うぞ―モゴッ、魚ァ~またかよ~”
“え―?ジグルは来ない―っち!分かった。ミヘルこれを渡して置くわ”
ライズとイーターの渡してくれた、この通信機だけが頼りだ。
僅かな光を、微かな希望をもってライト・オブ・ホールの変容を遂げよう。
そうだ、万が一の為に向こうの仲間へ応援を要請しよう。
――手間をかけたな。君達もはやく変容してくれよ。
堕とす前に準備は出来たか?
次の首が飛ぶ準備だ。
そこに固まる形状を見ろ。
どうも怪しい空気が漂うと・・・。
前:うっ?少し匂うぞ、血?またかよ・・・
後:うっ?少し匂うぞ、魚ァ~?またかよぉ~・・・
その他、投稿する上で描写、表現を一部訂正しました。




